次世代リーダー育成のための異動と配置~ジョブ型雇用のメリット・デメリット

2023.09.27(更新日:2024.04.01)

次世代リーダー育成のための異動と配置~ジョブ型雇用のメリット・デメリット

従来のメンバーシップ型からジョブ型雇用への移行を進めている企業が多い中、「職務を規定すること」だけに留まっていると、諸々の人事施策が機能しなくなる恐れがあります。

メンバーシップ型からジョブ型雇用に移行するということは、「雇用と報酬の考え方を変えること」を意味し、人事の中央集権によって執り行われてきた異動や配置にも多大なる影響を及ぼします。その結果、次の経営を担う次世代リーダー育成にどのような影響をもたらすのかを理解し、適切な手立てを講じることが重要だと考えます。

ジョブ型雇用と「異動・配置」の関係

各社が導入に踏み切っているジョブ型雇用の制度は、単に「職務を規定する」だけの仕組みではありません。本来、職務を規定するということは、同時に勤務時間や勤務場所にも影響するものでもあり、何よりも、職務と報酬がセットになるという考え方がベースになっています。そのため、これまで執り行われてきた人事主導による異動や配置にも、どのような影響が生じるかを押さえておかなければなりません。

従来、多くの日本企業が採用してきたメンバーシップ型は、長期雇用が暗黙的に約束された仕組みであり、「職務が変わっても報酬は変わらない」という制度だからこそ、人事が主導する異動や配置に対しても、雇用と報酬が担保されるという信頼関係のもとに成立してきたと言えます。さらには、企業側にとっては自由に人的資本を再配置できるというメリットがあり、従業員側にとっては、志向するキャリアの自由度がなくなるというデメリットがあったとしても、長期雇用と報酬が保障されるというメリットが上回るということです。それだけ、従業員にとっての雇用と報酬が与えるインパクトは大きいと言えます。

そのため、ジョブ型への移行は、上述のメンバーシップ型にあった「雇用と報酬に対する信頼関係」という大前提が崩れることを意味し、異動や配置に対する考え方も根底から見直さなければなりません。今後起こり得る具体的なケースとして、「人事が勝手に決めた新たな配属先によって、報酬が下がる」という問題に直面するということが発生するため、異動や配置に対する方針や運用ルールは、より明確にしておかなければならないということです。

同時に「雇用」とは、企業と従業員間の契約である以上、法的側面の整備や社内規定、労働組合などの関係各所への丁寧な説明と対応は必須です。いずれにせよ、ジョブ型への移行へと進む日本企業が多い中で、これまでは人事の自由裁量によって為されてきた異動・配置の考え方を変えなければならないことは理解しておく必要があります。

異動・配置がもっていた人材育成上のメリット・デメリット

少なくとも、これまでは比較的自由に、人事の裁量によって異動や配置転換が為されてきましたが、人材育成という観点でのメリットを整理しておきたいと思います。様々な副次的効果が考えられますが、大きく3つのメリットがありました。

メリット1:様々な経験の付与

一番のメリットは、様々な経験の付与です。日本の学校教育の影響もありますが、大学卒業の時点で、専門性を身につけている人材は一部の理系出身者以外はかなり少ないという実情があります。言い換えれば、「働く経験を通じて、徐々にキャリアを考えていくというスタイル」です。このメリットは、実際に経験してみなければわからないという前提のもと、偶発的に配属された部署で、幅広い経験を積む中で自身のキャリアに時間をかけて向き合えるという点です。いわゆるジェネラリスト育成においては最適であったと言えます。

メリット2:全社視点の獲得

また、定期的な異動や配置転換によって、多角的な視点が得られることが考えられます。時には本社のスタッフ部門から、時には地方の営業拠点からと、さまざまな職種やポジションから自社を観ることができ、管理職をはじめとする経営リーダーに必要な視点や視座を自然に学ぶことができるいうメリットがありました。くわえて、将来の幹部候補者を特定し、人事が意図的・戦略的にそれをコントロールできたということです。

メリット3:人脈形成と人間関係のリセット

そして最後は、多様な人との交流による刺激や成長です。現実には、必ずしも良きご縁ばかりではないですが、異動によって社内外の新たな人脈が自然と作られていくというメリットがありました。また、人間関係が定期的にリセットされるため、関係構築に向けたコミュニケーションスキルも磨かれるとともに、相性の悪い人間関係だったとしても、良い意味でリセットできるという利点もありました。


一方で、これまでの人事の中央集権的な異動・配置による人材育成上の弊害もありました。昨今の人事業界に溢れているキーワード、中でも「キャリア自律」「リスキリング」「ウェルビーイング」が声高に叫ばれている理由とも言い換えられますが、背景を含めてデメリットについて確認していきます。

デメリット1:キャリアに対する受動的スタンス

最大のデメリットが「キャリア選択」の自由度の圧倒的な低さです。本人の意図せぬ異動命令が人事から発令されるということは、従業員の立場で言えば、キャリアの選択権が持てないということです。ある分野の仕事に対し、やりがいを感じ、極めたいと考えたとしても、会社の命令には従わなければならないという圧力がかかるため、結果として受け身的なキャリア観になってしまいます。日本的雇用が「就職」ではなく「就社」と言われる所以です。昨今、キャリア自律という言葉が頻発される背景は、メンバーシップ型からジョブ型への移行を期に、キャリア選択の自由度と責任を個人に移管させるということに他なりません。

デメリット2:専門性の低さ

特に大企業においては、3~5年のスパンでローテーションを繰り返すことが常態化していました。これは「何かを極めようとしても専念できない環境」と言えます。専門性という観点では、3~5年で到達できるレベルはたかが知れています。40~50代の転職市場において、「何ができますか」という問いに対して、堂々と「部長ができます」と答える応募者の笑えないエピソードがあるくらい、職種専門性が磨きづらい環境です。それでも従業員が許容できたのは、「専門性を磨かなくても、長期雇用と報酬が約束されてきた」ということに尽きます。その結果が、リスキリングという言葉に代表される、一定年次を超えた先にある「使えない人材」の大量生産なのです。

デメリット3:働き方の制約

メンバーシップ型雇用のもう一つの隠れた前提が、「専業主婦世帯をモデルにしている」ということです。要は、夫が地方に異動になれば、妻と子供も一緒に転勤するということを「当然のこととして受け入れること」が前提なので、少なくとも今の実情に合致するはずがありません。端的に言えば、「夫の会社の都合で、妻が自身のキャリアを諦める」ということです。また、単身赴任という選択肢もありますが、家族が離れて生活することまでをトータルで考えると、ウェルビーイングの観点では考えを改めざるを得ないと言えます。キャリア人生の中でのトータルのモチベーションから見た時にも、人材育成上の影響は小さいとは言えない重要な論点だと考えます。

ジョブ型雇用における次世代リーダー育成の課題

上述の通り、ジョブ型雇用を本格的に導入するということは、最低でも職務と報酬を規定することである以上、従来のような人事による一方的な異動や配置転換はやりにくくなると考えるのが自然です。ということは、デメリットが解消される一方で、本来もっていたメリットが損なわれるので、何かしらの手立てを講じなければなりません。

特に、経営を担う次世代リーダーの育成においては、多様な経験の付与が重要なファクターになるため、注視しなければなりません。ジョブ型制度の特性上、従業員は「単一職種、単一部門での経験に限定されやすくなる」ため、経営層が遭遇する「未経験、不慣れ」という環境からの学びはどうしても限定されてしまい、持つべき全社最適の視点は得がたくなってしまいます。

また、異動・配置・昇格などのすべてを現場に移管してしまうと、人事による戦略的な抜擢人事などができないため、ポストの入れ替わりが生じにくくなり、部門や職種によっては、マネジメント経験が積めない可能性が生じます。特定部門の若手層に、ポテンシャルを持った優秀な人材がいたとしても、ポストに空きが出ない以上はマネジメント経験が詰めないという隠れたリスクが生じるということです。「経験が人を育てる」という言葉があるように、マネジメント職に抜擢し、ストレッチな環境下で経験的に素養を磨くという仕掛けを検討する必要があるものと考えます。

経営を担う次世代リーダーの育成という観点では、どこかのタイミングで経営・人事がグリップすべきです。どれだけ遅くても、事業のPL責任を担う部門トップの候補人材くらいから、次期経営者を見据えや戦略的な育成が必須と言えます。経営トップの意思と権限のもと、本当の意味でのサクセッションプランを機能化させることが重要であると考えます。

問われるべきは「人事」の定義

これまで考察してきたように、ジョブ型によって異動や配置には大きな制約が生じます。言い換えれば、人事主導から現場主導へと人事権を移管するということです。だからこそ、サクセッションプランの重要性が高まっているのです。そして、サクセッションプランで外してはならないことは、重要なポジションに就いている現職の人物が、自分の後任となる候補人材の育成責任と任命責任を持つということです。

従来の人事の中央集権を前提としたメンバーシップ型の運用のままでは、先に挙げたキャリア自律やリスキリングが本質的に機能しない理由は概ね繋がったと思われますが、サクセッションプランも同様です。人事による中央集権的なものから、現場への人事責任の権限移譲を如何にして進められるかが課題であり、「手放す」ことに一歩踏み出せるかが鍵となるのだと考えます。

いま問われているのは、「人事」の再定義です。「人事イコール人事部門の仕事」という狭義の定義は捨てさらなければならない局面にあるということです。人事を「人の事に携わること」と捉えたときに、その当事者たる人物は経営者であり、現場マネジメント層であるはずなのです。従来の人事部門が主導する一括採用、年度イベントになっている一斉の配置転換や昇進昇格などは、少なくともジョブ型制度に相反するものとなっていることは明らかです。だからこそ、「人事」の範囲や対象、そして責任の所在を再定義しなければなりません。

今後の人材育成、その中でも特に次の経営を担う次世代リーダーの育成を検討する際には、導入している人事制度が与える影響を押さえたうえで、これまで広い概念の中での教育機会として機能していた異動や配置についても、そのあり方を根底から考え直さなければならないのです。

まとめ

  • ジョブ型雇用は人事権を「手放す」ことを検討する必要がある
  • ジョブ型雇用によって従来の人材育成上のメリットが失われる
  • ジョブ型雇用に合わせた新たなメリットを構築しなければならない
  • 次の経営を担う次世代リーダー育成のタイミングを人事がグリップする必要がある
  • まずは「人事」の再定義が必須

この記事では、ジョブ型雇用における次世代リーダー育成の考え方に焦点を当てて解説しました。この記事を読んだ方が、少しでも次世代リーダー育成についての理解を深める力になれば幸いです。

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この記事の著者

株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎

2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。

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