企業の成長を担う「部長職」に求められる役割は、年々高度化しています。従来の部長職は、各部門の売上やコストを管理し、PL(損益計算書)の責任を果たすことが主な役割でした。しかし、経営環境が複雑化し、企業戦略が高度化する中で、部長職にはより広い視野が求められています。それが、「BS(貸借対照表)視点」の重要性です。
では、なぜPL視点だけでは不十分なのでしょうか。 そして、BS視点を持つことで部長職の役割はどのように変わるのでしょうか。本コラムでは、部長職が企業の未来を支える存在となるために必要な「BS視点」と「上位方針の理解とKPI設定」の重要性について考えていきます。
この記事の著者

株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎
2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。
PL責任だけでは企業を支えられない。部長に求められるBS視点とは?
部長職の伝統的な役割とPL責任の限界
多くの企業で、部長は部門の「経営者」として予算を管理し、売上とコストのバランスを取りながら利益の最大化を求められます。一般的に、この役割はPL(損益計算書)の責任を果たすことで評価されますが、それだけで持続的な成長を実現できるのでしょうか。
私自身、課長職から事業責任者へとキャリアを歩む中で、「BS(貸借対照表)への意識」の有無が経営の質を左右することを痛感しました。事業を発展させ、企業価値を高めるためには、「どこに投資すべきか」を考える視点が欠かせません。しかし、多くの企業では、PL管理に重点を置き、資本効率や長期的な成長を意識した意思決定が軽視されがちです。
これは単なる財務知識の問題ではなく、経営の本質に関わる話です。短期的な利益を追求するだけではなく、BSを踏まえた戦略的な資産配分を考えることこそが、企業価値の向上につながるのです。
なぜBS視点が重要なのか? 企業経営との関係
BS視点とは、企業の資産・負債・資本のバランスを考えながら、持続可能な成長を追求する考え方です。PLが「一定期間の収益と費用のバランス」を示すのに対し、BSは「企業がどのような資産を持ち、それをどう活用しているか」を示します。つまり、PLは短期的な業績の指標であり、BSは長期的な財務戦略の基盤なのです。
例えば、利益を増やすために無理なコスト削減を進めると、従業員のモチベーション低下やサービス品質の劣化を招き、結果として企業価値を毀損する可能性があります。一方で、BS視点を持っていれば、「短期的なPL改善が長期的な成長を妨げていないか?」という問いを立てることができるのです。この視点こそが、持続的な企業成長を実現するために必要なのです。
短期的な利益追求と長期的な企業価値のバランス
では、PL視点とBS視点のバランスをどのように取るべきなのでしょうか。これは、部長が「どのようにリソースを配分するか」という意思決定に関わります。例えば、新規事業や設備投資は、短期的にはコスト増につながりますが、長期的には企業の競争力強化や利益創出につながる可能性があります。
部長がBS視点を持つことで、単なる「売上目標の達成」だけでなく、「中長期的に企業価値を向上させるための投資判断」ができるようになります。これには、経営層が掲げる上位方針を正しく理解し、それを自部門の戦略に落とし込むことが不可欠です。
上位方針の「本質的理解」が部門経営のカギを握る
「上位方針を理解しているつもり」の落とし穴
多くの部長が「上位方針を理解している」と自負していると思われます。しかし、実際にその理解を言語化し、シンプルかつ自分の言葉で部門メンバーに語れるかと問われると、二の足を踏んでしまう方も多いのではないでしょうか。 経営層が掲げる戦略は、抽象的な表現や大枠の方向性で示されることが多いため、表面的に理解したつもりになってしまうケースが少なくありません。
先日、ある企業で部長層向けの研修を実施した際、営業部門と管理部門の間で「在庫」に関するKPIの考え方が大きく異なっていることが明らかになりました。営業部門は「在庫の回転率」を重視し、効率的に売上へとつなげる視点を持っていた一方で、管理部門は「在庫の最小化」を目標としており、可能な限りコストを抑えることに注力していました。
どちらの考え方も企業運営にとって重要ですが、同じ部長クラスの間でさえ、この認識のズレが共有されていなかったことには驚かされました。部門ごとのKPIが整合していなければ、最適な意思決定は難しくなります。このようなギャップを埋めることこそが、企業の競争力強化において不可欠なのではないでしょうか。
経営戦略と部門戦略をリンクさせる思考法
上位方針を部門戦略へ落とし込むには、「戦略の本質」を見極める力が必要です。そのためには、次の3つの視点を持つことが重要です。
【1】経営層の意図を正しく理解する
上位方針は、単なるスローガンではなく、企業が直面している課題や市場環境を踏まえて決定されています。部長は、定期的に経営層と対話し、方針の背景を深く理解することが求められます。
【2】部門の役割を明確にする
すべての部門が同じアクションを取るわけではありません。例えば「コスト削減」と一言でいっても、製造部門なら生産効率の向上、営業部門なら価格交渉力の強化など、具体的な取り組みは異なります。自部門の特性に応じた戦略を考えることが重要です。
【3】KPIに適切に反映させる
上位方針とKPIが連動していなければ、現場は方向性を見失います。「グローバル市場での競争力強化」を掲げるのであれば、単なる売上目標ではなく、市場ごとの収益性やブランド価値の向上といった視点を持つべきです。
部長が経営陣と同じ視座を持つためのポイント
部長職として求められるのは、「現場のリーダー」としての役割だけではなく、「経営層の一員」としての視座です。そのためには、以下の3つを意識することが効果的です。
- 経営会議の議事録を確認し、意思決定プロセスを理解する
- 財務諸表や投資計画などの数値データを把握し、全体像を意識する
- 異なる部門の部長と積極的に意見交換を行い、企業全体の視点を養う
経営層が考える「企業の未来」を深く理解し、それを部門戦略へと落とし込むことで、部長としての役割はより戦略的なものへと進化します。
BS視点を活かしたKPI設定とその実践
PL指標だけでは不十分? KPI設計の新たな視点
多くの企業では、部門の成果を測るKPI(重要業績評価指標)としてPL指標を採用しています。売上高や営業利益率、コスト削減額など、短期的な業績評価に適した指標が中心となるのは当然のことです。しかし、PL指標だけでは、企業の持続的な成長を支えるための視点が不足しがちです。
例えば、売上目標を達成するために過度な値引きを行った結果、利益率が低下し、資本効率が悪化してしまうことがあります。また、コスト削減を優先しすぎると、必要な投資が後回しになり、競争力を失う可能性もあります。こうした問題を防ぐために、BS(貸借対照表)視点を取り入れたKPI設計が求められるのです。
長期的視点で部門のKPIを設計する方法
BS視点を取り入れることで、KPI設計はより戦略的なものとなります。例えば、以下のような指標が考えられます。
- 資産効率を高める指標(例:運転資本回転率、固定資産回転率)
- 長期的な投資の成果を測る指標(例:研究開発費のROI、人材育成投資額)
- 財務の健全性を測る指標(例:自己資本比率、負債比率)
これらの指標は、単に利益を最大化するだけでなく、企業全体の成長に貢献する部門運営を促す役割を果たします。例えば、営業部門が「顧客生涯価値(LTV)」をKPIとして設定すれば、単なる短期売上ではなく、長期的な関係構築に重点を置くようになります。
また、KPIを設計する際には、以下の3つのポイントを意識することが重要です。
Point-1 短期・中長期のバランスを取る
PL視点の指標(例:今期の営業利益)とBS視点の指標(例:投資回収率)を組み合わせ、短期的な業績と長期的な成長を両立させる。
Point-2 全社戦略と整合性を取る
上位方針を反映した指標を設定することで、部門ごとの最適化に陥らず、企業全体の戦略に貢献する。
Point-3 定量・定性のバランスを取る
数値で測れるKPIだけでなく、「組織の学習効果」や「従業員のエンゲージメント向上」といった定性的な指標も考慮する。
KPI運用の実践:データとストーリーを融合させる
KPIは設定するだけでは意味がありません。運用の過程でデータを適切に分析し、それをストーリーとして語ることが重要です。例えば、以下のようなプロセスを取ることで、KPIの効果的な運用が可能になります。
Step1|定期的なKPIレビューを実施する
KPIの達成状況を定期的に確認し、必要に応じて指標の見直しを行う。特にBS視点を持つKPIは長期的な変化を追う必要があるため、四半期ごとなどの頻度でモニタリングする。
Step2|KPIの背景にあるストーリーを部門内で共有する
「なぜこのKPIを設定したのか」「どのように企業の成長に貢献するのか」を明確にし、メンバーが納得して行動できるようにする。数字だけを追うのではなく、その意味を理解することが大切である。
部長は単なる管理者ではなく、経営の一端を担う存在です。しかし、目の前の業績達成に追われ、経営全体の視点を持てていないケースも少なくありません。
経営者視点を持つ部長は、短期的な利益だけでなく、長期的な成長を見据えた意思決定ができます。具体的には、人材育成や設備投資を軽視せず、将来の競争力を確保する判断を行います。また、部門最適ではなく全社最適を考え、他部門との協調を重視します。さらに、財務指標を単なる報告ではなく、BSやPLを深く分析し、企業価値向上のための戦略を描く力が求められます。
BS視点を活かしたKPI設計と運用を実践することで、部長職は単なる業績管理者ではなく、企業の持続的な成長を支える「経営リーダー」へと進化することができるはずです。
まとめ
本コラムでは、部長職に求められるBS視点と、それを活かしたリーダー育成について考察しました。リードクリエイトのアセスメント結果からも、多くの企業において課長・部長層が「事業を構想する力」を十分に備えていないというデータが明確に示されています。
この課題を克服するためには、単に「構想力」を鍛えるのではなく、現在携わっている事業の見方を変え、BS視点を持って意思決定を行うことが重要です。PLだけでなく、資本効率や長期的な成長を意識した視点を取り入れることで、部長としての役割はより戦略的なものへと進化します。部長層の育成においては、この視点の転換こそが、これからの企業競争力を高める鍵となるのではないでしょうか。
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