エンゲージメントサーベイは、従業員の仕事への意欲や満足度、組織へのコミットメントを測るためのツールです。人的資本経営の重要性が広がる中、企業は従業員の成長や幸福を経営資源として捉え、透明性のある情報開示を通じて、ステークホルダーに信頼を示そうとしています。このような背景から、ここ数年で多くの企業で導入されました。
他方、どの項目が下がった、他社と比べると低い、昨年より悪化した等から、その対策として何に取り組めばよいのか、という相談を多くいただきます。もちろん低下した項目の改善に向けた施策は必要です。しかし、サーベイ結果は単なるデータの総体であり、真の意味はその背後にある組織や人材の状況を理解することでしか見えてきません。
本コラムでは、サーベイ結果から何を読み取り、どのように活用していくべきかを考えていきます。
この記事の著者
株式会社リードクリエイト
ソリューション事業本部 ソリューションパートナー室 兼 マーケティング推進室
辛 鐘世
2005年よりリードクリエイトに参画。アセスメントプログラムや階層別教育施策の導入運用を中心に、各社の組織課題や人事課題の解決の支援に携わる。近年はこれまでの経験や支援で培った知見をマーケティング施策にも展開し、多くの企業の課題解決に寄与する情報を設計・発信中。
エンゲージメントサーベイの意義と目的
エンゲージメントとは、従業員が組織や仕事に対して抱く情熱や思いを指します。その前提には、単なる職務の遂行に留まらず、組織の目標に対する自発的な関与が求められます。一般的に、エンゲージメントが高い従業員は仕事への意欲が高く、成果を上げるために必要な努力を惜しまない傾向があります。組織の一員として自身の存在意義を見出しているからこそ、生産性向上やチームワーク強化にも寄与します。エンゲージメントの高い従業員の多さは、企業価値を高める要素の一つといえます。
エンゲージメントサーベイは、組織の健康状態を測る重要な指標として、従業員が何を感じ、何に対して満足または不満を抱いているかを明らかにします。「測定すること」から得られるファクトをもとに、経営層や人事部門にとっては組織イベントの立案や人事施策の見直しなど、組織全体のパフォーマンス向上を意図した様々な取り組みに活かすことができます。
各職場においては、当該部署の従業員の意見を集め要因分析を行い、具体的な改善策を導き出すなど、組織活性化の道筋をたてることもできます。また、定期的にサーベイを行うことで、時間の経過とともに組織状況の変化を追跡し、長期的な戦略を見直す材料にすることもできます。このように、サーベイは単なるフィードバックだけに留まらず、組織変革の起点に位置づけられるものといえます。
エンゲージメントサーベイの導入目的をお聞きすると、「会社として決まったもの」「他社も導入しているので」「他部署が主幹なので分からない」など、不明瞭なままにしていることが多くあります。たとえ、自身や自部署で導入されたものでなかったとしても、組織開発や風土改革の起点ともなり得る有効なデータでもあるため、自身や自部署なりの目的を再定義していくことが重要です。
サーベイ結果の解釈とその落とし穴
エンゲージメントサーベイから得られるデータは、一見すると現状を正確に数値化したように思えます。しかし、その背後には人の感情や意思が隠れていることを忘れてはいけません。たとえば、ある部署のエンゲージメントスコアが低い場合、単に「従業員が不満を抱いている」と考えるのは早計です。そこには職場環境やメンバーの個性など、多くの要因が組み合わさっています。このため、数字を鵜呑みにするのではなく、その具体的な要因を深掘りすることが重要です。数字はあくまで出発点に過ぎないという認識を持ち、背後にあるストーリーを探る必要があります。
また、サーベイ内容によっては誤解を招く指標が存在します。たとえば、「満足度」が高いという結果が出たとしても、その理由は必ずしもポジティブなものとは言い切れません。従業員が「給料が高いから満足」と思っているだけで、実際には仕事内容や環境に不満を抱いている可能性もあります。サーベイ自体の設計や質問内容によっても結果の解釈は変わってきます。従業員が回答する際、その認識や解釈がずれることをできる限り排除し、具体的かつ正確な回答ができる設問を設定していくことが重要です。そうすることで、結果に対する正しい分析を行うことが可能になります。
サーベイ結果を受けてアクションを検討する際、「低スコアの改善」に目が行きがちです。しかし、このアプローチは適切でないこともあります。なぜなら、組織や個人の魅力や原動力は「強み」にあるからです。低スコアの改善を優先した場合、打ち手が妥当であれば当該スコアは上昇していくと思われますが、すべてのスコアが横並びになった組織は魅力的な組織でしょうか。多少のデコボコはあったとしても「強み」を活かし、組織や個人が活気あふれる職場を目指していくことも、今般のビジネス環境においては重要なメッセージであると考えます。
組織文化は、サーベイ結果の信頼性に影響を及ぼします。たとえば、オープンで情報共有に積極的な組織では、従業員は意見を述べやすくコミュニケーションが活発になりやすいです。そのため、サーベイ結果も従業員の真の考えや思いが反映されやすく、信頼性の高いデータになります。一方で、規律が厳しく権威主義的な環境では、従業員が自らの意見を率直に述べることが難しいため、サーベイの回答にもその影響が出てくると推察できます。このような関係性を理解し、自社の現状を踏まえたうえでサーベイ結果を考察していくことも必要です。
サーベイ結果を活用した実践的な改善策
では、サーベイ結果を活用していくためには何から始めればよいかを整理しました。
言語化
まず、本来的にはサーベイ導入前に検討すべきことですが、自社や自組織をどのような会社や組織にしたいのか、理想の職場をイメージし、それらを言語化していく作業が必要です。そのうえで、数多く設定されているサーベイ項目の中から自社・自組織にとって重要な指標や設問を抽出し、その指標を重点的に観察していくことが肝要です。これらが為されないままにサーベイ結果を見つめても総花的な分析となり、最終的には何をすればよいのか分からない、という状態に陥ってしまう可能性が高くなります。
データ分析
次に、取得したデータを分析することが不可欠です。単に高得点や低得点を確認するだけでなく、それらがどのように関連し、従業員の満足度やモチベーションに影響を与えているのかを経年や関連項目と重ね合わせながら分析することが重要です。
あわせて、データを図表やグラフなど、視覚的に分かりやすく整理することで、優先的に取り組むべき内容が明確化され、具体的な改善アクションを計画しやすくなります。
ディスカッション
また、人事部門などの関係者だけで分析を進めるのではなく、他部門から様々な役割の従業員を集め、データをもとにディスカッションを行うことも有効です。単一的ではなく複合的な視点からデータを見ることで、隠れた本質が浮き彫りになるかもしれません。
KPI設定
分析を経て改善策を立て実施するだけに留まらず、進捗を測るためのKPIを設定することも重要です。
具体的には、従業員のエンゲージメントに影響を与える要素に対する定量的な指標を設け、定期的にその数値を追跡することが必要です。
計画的な継続実施
また、定期的なサーベイやフィードバックセッションを設け、エンゲージメントスコアの変動や施策前後のデータ分析を行うことで、その効果を評価することができます。
このように、データの動きと常に向き合いながらのアプローチを取ることで、合理的かつ実効性ある意思決定へと昇華することが可能です。
コミュニケーション
組織全体でのコミュニケーションも欠かせません。従業員にはサーベイ結果はもちろんのこと、現行の取り組みやその状況を適宜周知し、従業員自身がどのように改善活動に参加できるのかを明示することが重要です。
サーベイに関わる情報の透明性が担保されると、従業員は自分たちの意見や感想が尊重されていると感じやすくなります。これにより、エンゲージメントはさらに高まり、ポジティブな職場文化が育まれることが期待されます。その際には、リーダーが前面に立ってこれらを進めることをお勧めします。従業員の納得度やコミットメントを高めることにも寄与すると考えます。
エンゲージメント向上への日々の取り組み
エンゲージメントを高める取り組みは、企業規模の大小を問わず、まずは小さな改善から始めることが肝心です。たとえば、日々の業務の中で従業員が感じる小さな不満や課題をそのままにせず、意見を聞き改善策を講じることが必要です。大きな変革を目指すあまり、最初から大規模な施策に打ち出すと、従業員にとっては自分には関係ないことと関与が薄れる可能性もあります。小さな成功体験を積み重ねることがネガティブな感情を軽減し、エンゲージメントを高める土台を作っていきます。
他方、改善プロセスにおいて失敗はつきものです。失敗を恐れて何もしないことが、最も大きなリスクとなります。むしろ、小さな実験的な取り組みを行いながら学びを深めていく姿勢が重要です。失敗を経験することで組織全体が成長し、次に何をするべきかが明確になってきます。組織内に「失敗は成長の一部である」といった文化を涵養することで、従業員は挑戦しやすくなります。組織文化として、失敗を前向きに捉えチャレンジ精神を育むことも目的の一部に据え、施策に展開していってはいかがでしょうか。
最終的に、従業員のエンゲージメントは、時間をかけて積み重ねられた小さな取り組みの結果として現れます。大きな成功を一朝一夕に収めることは難しいですが、地道に改善を続けることでしか、実質的な変化は得られません。従業員一人ひとりがそのプロセスに関与し、貢献できる機会を持つことで、組織全体のエンゲージメントが高まり、最終的には企業のパフォーマンス向上にもつながると考えます。この積み重ねを大切にし、関係性を深めながら前進していく主幹組織の姿勢を示していってください。
最後に
現在、多くの企業でエンゲージメントサーベイを導入していると伺いますが、その結果の活用や改善策については手つかずである、改善への意思はあるが何から始めるべきかが分からない、というお声をよく耳にします。
ここまで、エンゲージメントサーベイの理解やその活かし方に関する内容を述べてきましたが、サーベイはあくまでも手段の一つです。自社はエンゲージメントサーベイを通じてどのような組織や職場を作りたいのか、その目的に立ち返り、組織変革への起点として活用が進んでいくことを願うばかりです。
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