次世代を担うリーダーを育てなければ──。
この言葉は、経営層から人事部門に与えられるミッションとして、もはや多くの企業にとって「あたり前」になりつつあります。
サクセッションプランの導入、タレントマネジメントシステムの整備、選抜型リーダーシップ育成プログラムの展開など、「環境を整える」ための努力は、各社で確実に積み重ねられてきたはずです。
にもかかわらず、現場で起きているのは、次のような声ではないでしょうか。
「選抜したはずの人材が、想定よりも伸びない」
「研修は受けているが、行動変容が見えない」
「上層部と育成対象者の間で、リーダー像が食い違っている」
そして最も根深いのは、「何かが足りない気がするが、それが何なのかがわからない」という漠然とした違和感です。
この違和感は、決して貴社だけの問題ではありません。リードクリエイトもこれまで多くの企業と対話する中で、同じような悩みや手応えのなさに直面してきました。
そして確信したのは、「どのような施策を打つか」ではなく、「育成とは何なのか」という前提そのものを問い直す必要があるということです。
果たして、経営人材をはじめとする次世代リーダーとはどのような存在を指すのでしょうか。
経営を担うとは、どのような資質や覚悟が求められる営みなのでしょうか。
整えられた育成環境の中で「育てられるべき存在」として選ばれた人材は、本当に経営を任せられる人材になりうるのでしょうか。
このコラムでは、次世代リーダーの一般的な前提に、あえて疑問を投げかけます。
その上で、整備や制度ではなく「覚悟」「気概」「矛盾との対峙」といった、本質的な育成の原点に立ち返りながら、貴社にとっての「真に託すべき人材」とは誰なのかを、共に考えていきたいと思います。
この記事の著者
株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎
2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。
1. そもそも次世代リーダー育成とは何なのか
1-1. 次世代リーダー育成は「未来の経営を託す意思表明」である
多くの企業は、次世代リーダー育成を「課長や部長など、次の役職者に必要なスキルや知識を教えること」と捉えがちです。
しかしリードクリエイトでは、次世代リーダー育成を単なる実務者教育の延長として捉えません。
ここで論じる「次世代リーダー育成」とは、企業の持続的な成長と非連続な変革を担う「未来の経営人材」を、戦略的かつ計画的に見極め、成長を支援する、組織の最も重要な意思表明のことを指します。
これは、目の前の業務を遂行するスキル習得(実務者の育成)とは「非連続な役割移行」を前提としています。
| 実務者の育成 |
次世代リーダーの育成 |
|
| 目的 | 必要なスキルを教えること | 未来の経営を担う人材を支援すること |
| 育成対象 | 既存の枠組みでの高い成果達成者 | 経営の意思決定を担う「資質」を持つ候補者 |
次世代リーダー育成は、「誰に、どのような未来を託すのか」という組織の根源的な問いへの答えであり、戦略的なタレントマネジメントの最上位概念なのです。
1-2. リーダー育成を阻む?「育てる」という発想の罠
多くの企業で「選抜した人材が伸びない」「行動変容が見えない」という問題が起きるのは、「リーダーは他者に育てられるもの」という受動的な発想に陥っているためです。
真のリーダーシップ、特に経営を担う「資質」は、教えられたり、与えられたりするものではありません。
リーダーは「育てる」ものではなく、「磨かれる」ものだからです。
育成の主体は、人事や上司ではなく、あくまで「本人の意思によって、自らを鍛え、変革しようとする者」でなければなりません。
人事・経営の役割:
候補者を過度に守る「過保護な環境」を整えることではなく、「本人がリスクを負って決断する必然性」を生み出す土台を設計すること。
次世代リーダーの本質:
安全な計画や研修知識ではなく、葛藤や矛盾に直面し、そこから逃げずに自己と対峙する「高摩擦な体験」を通じてのみ、不確実な状況でも判断をブレさせない「覚悟」と「資質」が形成される。
育成施策が上滑りしていると感じるなら、それは施策の内容ではなく、「候補者の主体性を引き出せない環境」に問題があるのかもしれません。
育成の成功は、組織が「どれだけ厳しく、しかし一貫したメッセージで、候補者に挑戦を信託できるか」にかかっています。
要点
① 次世代リーダー育成は「役職者に必要なスキルや知識を教える」ことではなく、「企業の成長と変革を担う未来の経営人材を戦略的に支援する」こと
② 次世代リーダーは「本人の意思によって、自らを鍛え、変革しようとする者」でなければ務まらない
③ 次世代リーダーは「整った環境で育てる」のではなく「苦悩や葛藤を経て磨かれる」もの
2. 次世代リーダーが育つ組織の成功条件3つ
次世代リーダー育成の成否を分けるのは、「何を教えるか」よりも「どのような環境と設計で挑戦させるか」です。
育成とは、知識を与えることや守ることではなく、「挑戦を通じて本人が自らを試す場をどう設計するか」にかかっています。
リーダー育成において最も価値があるのは、“道なき道を歩ませる経験”をどうつくるかです。
ここでは、リーダーが自らの力で成長していく組織が必ず押さえている3つの成功条件を紹介します。
2-1.「整いすぎた環境」ではなく「緊張感をもってチャレンジできる環境」
多くの企業が最初に取り組むのは「育成環境の整備」です。制度を整え、支援を充実させ、安心してチャレンジできる場をつくる──この姿勢自体は間違っていません。
しかし、真にリーダーが育つ環境とは、快適さよりも「責任と自由が共存する緊張感ある安全性」が設計された場です。
整えすぎた環境では、リーダーに不可欠な「自己決定」や「自己責任」の経験が得られません。守られた環境では失敗も少なく、傷つくこともないかもしれませんが、そこには逆風に立ち向かう胆力や意思決定の覚悟は生まれません。
経営を担う人材とは、環境のせいにできない存在です。だからこそ、「整った環境で育つリーダー」ではなく、「整っていない状況を変えるリーダー」を育てる。これが、次世代リーダー育成を成功に導く最初の条件です。
2-2. 「学びやすく効率的な育成プログラム」ではなく「不安や葛藤を経験しながら自分と向き合う育成プログラム」
昨今の育成プログラムは、学びやすさや効率性を重視する傾向にあります。ワークショップやオンライン学習など、形式的な理解を支援する仕組みは充実しました。
しかし、次世代リーダーに本当に必要なのは、「知識の獲得」ではなく「価値観の転換」と「判断軸の獲得」です。
そのためには、自分の限界に直面し、葛藤や迷いを抱えながらも乗り越える“高摩擦”な体験が欠かせません。
本気で自分と向き合い、失敗や不安を通して成長を引き寄せる過程にこそ、変容の芽があります。
用意された正解を学ぶのではなく、自ら問いを立て、模索しながら答えを見いだす──その営みを意図的にデザインすることが、リーダー育成を成功に導く鍵となります。
2-3. 「波風を立てない選抜」ではなく「経営層の意思が反映された選抜」
どんなに優れたプログラムを用意しても、「誰を選ぶか」という起点が曖昧であれば、成果は限定的です。
リーダー育成を成功させる企業は、選抜を順番や波風を立てない調整で決めません。そこにあるのは、経営層の意思です。
成功する企業は、育成を「保護」ではなく「信頼と託し」の文化として捉えています。
「この人に託したい」「未来を任せられる可能性がある」と本気で思えるか。
その選抜の姿勢が、対象者にも明確に伝わるとき、初めて本人の内発的な覚悟が生まれます。
選抜とは経営と人事の意思表明であり、期待の投資です。
透明性のある基準と、一貫した人材観をもって「誰に託すのか」を示すことが、リーダー育成を成功に導く最も重要な起点となります。
要点
① 緊張感をもってチャレンジできる環境があるか?
整いすぎた環境では逆風に立ち向かう胆力や意思決定の覚悟が生まれにくい
② 自分自身と向き合う機会がプログラムに内包されているか?
自分の限界を知り、葛藤する経験がなければ成長できない
③ リーダー選抜は経営層の本気の姿勢が反映されているか?
なぜ選んだのかという判断基準が曖昧だと選抜者に火がつかない
3.「選抜」は次世代リーダー育成の出発点
リーダー育成を成功させるための第一歩は、「誰を、どのような意図で選ぶか」を明確にすることです。
どれほど優れたプログラムを設計しても、選抜の段階で曖昧さが残れば、育成の効果は半減します。
「選抜」は、単なる入口ではなく、育成そのもののスタートライン。
人は、選ばれた瞬間に意識が変わります。だからこそ、選び方・伝え方・報い方のすべてに、一貫した意思と設計思想が求められます。
3-1. 育成は選抜の瞬間に始まる:期待の自覚を引き出す
次世代リーダー育成の成功企業は、「選抜」を“管理的な決定”ではなく、“成長の起点”として位置付けています。
人は、自分が選ばれた瞬間に「自分が期待されている」「この組織の未来を担うのかもしれない」と感じ、意識が変わります。この瞬間に生まれる自覚こそが、最も強い成長エネルギーになります。
それは、本人の資質や能力に依存するものではなく、「選抜」という行為そのものが持つ力によるものです。
選ばれた事実は、本人に責任と誇りを与えます。「選ばれた」というメッセージは、「あなたに期待している」「あなたを信じている」という組織の意思表示でもあります。
つまり、育成は研修の場からではなく、選抜通知の瞬間から始まっているのです。
この起点をどう設計し、どう伝えるかが、育成の成功を大きく左右します。
3-2. 人は選び方に反応する:透明性と一貫した人材観で納得を生む
選抜を成功させるためには、「なぜその人が選ばれたのか」という納得感が欠かせません。
どんなに整った人事制度でも、選考の背景が不透明であれば、現場には猜疑心が残り、周囲の士気を下げてしまいます。
「上層部の鶴の一声で決まった」「なんとなくあの人が推されている」――そんな印象が広がると、選ばれた人も、選ばれなかった人も、心から前向きにはなれません。
成功している企業は、選抜の基準とプロセスを一貫させることで、信頼を築いています。
そのために重要なのは、「何をもってリーダー候補とするか」という人材観を明確にし、経営と人事が共有すること。
そして、選抜結果を丁寧に伝え、なぜ選ばれたのか、今後どのような期待を持っているのかを、真摯に説明することです。
透明性と説明責任は、選抜の公平性を担保するだけでなく、組織全体の信頼関係を強化します。
人は、選ばれることよりも「選ばれ方」に強く反応します。
そこに誠実な意図が感じられるかどうかが、育成へのモチベーションを大きく左右するのです。
3-3. 「育てる環境」以上に挑戦に報いる構造を整える
リーダー育成というと、多くの企業は「育てるための環境づくり」に意識を向けます。
成長機会の提供、心理的安全性の確保、学びの場の設計――もちろんこれらは大切です。
しかし、経営人材の育成を本気で成功させたいなら、「育てる環境」よりも先に「報いる構造」を整えることが欠かせません。
人は、努力や挑戦が正当に評価され、報われるときに初めて本気になります。
挑戦が挑戦として意味を持つためには、成果の有無にかかわらず、意思決定のプロセスや姿勢を認める文化が必要です。
結果だけでなく、「なぜそう判断したか」「どのように動いたか」という行動の質を見て報いる仕組みがあるか。
この「報いの構造」がある組織では、リーダー候補者が積極的にリスクを取り、挑戦の量と深さが格段に高まります。
報われるという確信があるからこそ、人は怖れずに前へ進むのです。
育成は環境だけでは動かない。報いの仕組みがあってこそ、人は「学び」ではなく「行動」で変わっていきます。
3-4. 指名が育成を生む:未来への可能性に賭ける意思表明
選抜とは、過去の実績を評価する行為ではなく、未来への可能性に賭ける意思表明です。
「指名する」という行為には、「この人を信じる」という覚悟と、「その成長に責任を持つ」という決意が伴います。
成功している企業は、この“指名”を単なる人事判断ではなく、組織文化の一部として大切に扱っています。
「あなたに期待している」という言葉を真摯に伝えることで、本人の内側に変化が起こります。
人は、信頼されることで、信頼に応えようとする力を発揮するものです。
重要なのは、「選んだから育てる」ではなく、「選んだ瞬間に育成が始まっている」という理解です。
選抜は終点ではなく出発点。
その一言が、本人にとっての「成長の物語」を動かすトリガーになるのです。
要点
① 次世代リーダーの「選抜」は、「育成」のスタートライン。選抜基準とプロセスが曖昧だと、育成はうまくいかない
② 選抜の成功を左右するのは「なぜその人が選ばれたのか」という本人や周囲の納得感。経営層がリーダー像を明確にしなければならない
③ 努力や挑戦が正当に評価される仕組み(報いる構造)がないと、リーダー候補者はチャレンジする動機を失う
4. 次世代リーダー育成のステップ
次世代リーダー育成を成功に導くうえで欠かせないのが、「環境設計」の再定義です。ここにおける「環境」とは、単に制度や支援体制を指すものではありません。
真にリーダーが育つ環境とは、自ら考え、判断し、行動せざるを得ない「余白」と「必然」が組み込まれた設計であり、さらにそこに経営や人事の「目線」が通っている状態を指します。
成功する企業ほど、「整える」ではなく「覚悟に火をつける」環境をつくっています。
STEP1. 「育成環境=制度・支援」の誤解を解き、自律を促す余白を残す
多くの企業では、「育成環境を整える」と聞くと、研修制度の拡充、OJTの強化、キャリア支援などの施策を思い浮かべます。
これらは確かに必要ですが、それだけでは本質的な育成環境とはいえません。
リーダー育成の成功企業は、あえて「整えすぎない」ことで、候補者に考えさせ、行動を引き出す余白を残しています。
環境を過剰に整えると、本人が自ら判断し、リスクを取る機会が奪われてしまいます。
育成環境の本質は、情報や道筋を与えることではなく、「考えざるを得ない必然」をつくり出すことにあります。
それは、曖昧さを恐れず、余白をデザインするという発想です。
組織がすべきは、「快適な場」を提供することではなく、「自らの意思で進まざるを得ない場」を設計することなのです。
STEP2. 心理的安全と緊張感を両立させた挑戦可能な安全性を設計する
リーダー育成において「心理的安全性」は重要な概念として定着しました。
しかし、ここにも一つの誤解があります。それは「安全=快適」であると捉えてしまうことです。
経営人材に求められるのは、「何を言っても許される安心感」ではなく、「自分の言動が組織に影響を与える」という自覚を伴った安全性です。
つまり、挑戦することを恐れない一方で、発言や判断に責任を持つ緊張感がある状態。この「緊張感ある安全性」こそ、リーダーが本気で成長できる場の条件です。
風のない静かな環境では、信念は鍛えられません。向かい風の中でも、自分の価値観を貫ける状態――それが真の安全環境です。
対話が促され、問いが立ち、沈黙すら意味を持つ。そうした場をどう設計するかが、リーダー育成を成功に導く最大の鍵なのです。
STEP3. 人選・評価を環境として捉え、目線とメッセージで覚悟を点火する
育成環境という言葉を、物理的・制度的なものに限定してはいけません。実は、最も大きな環境要因は「人の目」そのものです。
誰を選び、どのように評価するか――そのプロセスこそが、候補者にとっての育成環境になります。
成功している企業は、選抜や評価を「成長を促すメッセージ」として設計しています。「あなたに託したい」「この役割を担ってほしい」という明確な意図が伝われば、それだけで本人の覚悟に火がつきます。
一方で、バランス配慮や年功序列で決まる人選は、挑戦意欲を削ぎます。また、評価の場面でも同様です。
抽象的なフィードバックや過度な期待ではなく、時に苦しいほどの具体的な示唆を伝えることで、自己変革の起点が生まれます。育成とは、制度ではなく「目線」と「メッセージ」で動かす営みなのです。
STEP4. 自己対峙の機会を意図的に組み込む設計をする
経営人材を育てるうえで最も重要な環境要素は、「自己と向き合わざるを得ない場」を設計することです。
そこでは正解がなく、自らの価値観や信念に基づいて意思決定を下すことが求められます。
時間的制約、利害の衝突、曖昧な情報――そうした“揺らぎ”の中で判断を迫られることで、人は初めて「自分は何を大切にしているのか」「どんなリーダーでありたいのか」と問うことになります。
こうした場は、知識を教える場ではありません。
むしろ、矛盾や葛藤の中で自分を見つめ直す機会を意図的に埋め込むことが、成長の起点になります。
成功する企業は、この「自己対峙」を体験として設計しており、それがリーダーとしての覚悟を育てるのです。
要点
STEP1. 「自らの意思で考え、前進せざるを得ない環境」をあえて設計する必要があることを理解してもらう
STEP2. 挑戦を奨励しつつ、言動や意思決定に責任が生じる「緊張感ある安全性」を設計する
STEP3. リーダー選抜基準や評価軸が経営層のメッセージとして一貫して伝わるように設計する
STEP4. 自分自身と向き合い、葛藤し、大切にしている価値観を浮き彫りにさせる「自己対峙」の機会を意図的に設計する
5. 次世代リーダー育成で気を付けるべきこと
これまで述べてきた通り、次世代リーダー育成を成功に導くためには、「人を育てる」という発想から一歩離れる必要があります。
リーダーシップとは、他者に“育てられる”ものではなく、本人が環境との相互作用を通じて“磨かれていく”ものだからです。
つまり、人事や経営が担うべき役割は「育てること」ではなく、「磨かれる土台を整えること」。
本節では、そのための3つの視点──成功条件の再設計/主体性を引き出す環境/誤った育成の回避──を整理します。
5-1. 成功事例を模倣してはならない
次世代リーダー育成を語る際、他社の「成功事例」が引き合いに出されることがよくあります。
「あの企業はこうして幹部候補を育てた」「この会社では選抜研修が功を奏した」──確かに参考にはなりますが、それをそのまま模倣しても成果にはつながりません。
なぜなら、経営人材の成長は、再現性のあるプロセスではなく、個人の資質・環境・関係性・タイミングといった多様な要素が重なり合って生まれるからです。
リーダー育成は、単一の“手法”ではなく、あくまでも“組織文化と文脈”の上に成り立つ現象なのです。同じプログラムを受けても、大きく飛躍する人もいれば、変化が乏しい人もいます。
その差を生むのは、本人の姿勢や組織の土壌です。
したがって、人事や経営がすべきは他社の模倣ではなく、自社において「どのような経験が人を変えるのか」「どのような環境で覚悟が育まれるのか」を見極め、自社の成功条件を明確に設計することです。
育成とは、制度や方法論の精度ではなく、人と環境の“化学反応”を引き起こす仕組みづくりに他なりません。
5-2. リーダーを「育てる」ことはできない
そもそもリーダーを育成できるのか?
あらためてこの問いに立ち返ると、その答えはこれまで論じてきた通り「育てることはできないが、磨かれる環境はつくれる」です。
形式としてのプログラムや支援施策はあくまで“土台”。そこに立つのは、本人の意志です。
本質的にリーダーとは、「自らを鍛えようとする者」であり、「与えられた機会を使いこなす損存在」でなければなりません。
だからこそ、リーダー育成を成功に導く組織は、「主体は本人」という前提を明確にし、本人が内発的に動き出すような“磨かれる仕掛け”を設計しています。
例えば、実際の業務の中で未整備な課題を任せる、権限と制約の両方を与える、成果ではなく意思決定の質を問う――。
こうした経験の中で人は、自己と対峙し、葛藤を通じて自らを再構成していきます。
そして、その環境こそが「磨かれる土台」です。育成の成果は、人事が何を教えるかではなく、本人がどのように“自分の成長を自分事として扱うか”にかかっています。
人事の使命は、学びやすい環境を整えることではなく、挑戦を通じて自らを磨かざるを得ない場を設計することなのです。
5-3. 人事主導でリーダー育成をやってはいけない
リーダー育成に“唯一の正解”はありません。しかし、確実に避けるべきパターンは存在します。それは、本人の意思を置き去りにした“人事主導の育成”です。
「将来のためにこの経験を積ませたい」「リーダーにしたいから任せたい」──そのような意図が、本人にとっては負荷や違和感となり、むしろ冷めた反応を生むことがあります。
また、「失敗を避けるために安全な計画を与える」という過剰な保護も、挑戦の意欲を奪います。
リーダー育成の本質は、“失敗してもいい”と言われながら“失敗できないと感じる真剣勝負”にあります。
本人が覚悟を持って臨めるかどうかは、環境の緊張度で決まります。さらに、選抜の段階で納得感が欠けていると、後の育成施策も形骸化します。
先述したように、「なぜ自分が選ばれたのか」「どんな期待を託されているのか」がしっかり腹落ちしていなければ、当事者意識は生まれません。想いやメッセージを伝えることは大事ですが、一方的に押し付けてはいけないということです。
育成は人選の瞬間から始まっており、期待を伝えることと報いる構造の設計がセットでなければ機能しないのです。
それゆえ成功する組織は、次世代リーダー育成を、次のように運用しています。
| 失敗する運用 | 成功する運用 | |
| 育成 | 人事主導で設計 | 本人主体で設計 |
| 挑戦 | 失敗を避ける安全圏設計 | 真剣な挑戦を奨励する設計 |
| 人選 | 順番や年次で選ぶ | 経営層の意思と期待で選ぶ |
| 支援 | 研修プログラムの提供 | 実務を通じて「葛藤しながら自分と向き合う」体験を提供 |
これらを踏まえ、育成の設計思想を「守る構造」から「磨かれる構造」へと転換していくことが、次世代リーダー育成を成功に導く最大のポイントです。
要点
① 次世代リーダー育成は組織文化と密接なので、他社の成功事例を模倣しても意味がない。大切なのは候補者本人の姿勢と、挑戦できる環境
② リーダーを育てるハウツーはない。「主体はあくまで本人」という前提で、本人が内発的に動き出すような“磨かれる仕掛け”を設計が必要
③ リーダー候補者本人の意思を置き去りにして、人事主導で育成を始めてはならない。「なぜ自分が選ばれたのか」という納得感があって初めて候補者は本気になれる
6.次世代リーダーとして経営人材を育成する際のポイント
本節では、次世代リーダーの一つである「経営人材」にも触れておきます。
次世代リーダー育成の最終目的は、単に役職を担う人を育てることではなく、経営の意思決定を任せられる人材を見極め、成長させることにあります。
そのためには、スキルや知識の表層ではなく、その人の根幹にある「資質」に着目することが欠かせません。
資質は一朝一夕で身に付くものではありませんが、定義し、観察し、鍛えることは可能です。
本節では、経営人材の資質を“見極め、育て、成果に変える”ための考え方を整理します。
6-1. なぜ資質が求められるのか:意思決定の核としての意味
経営人材の評価と育成を成功に導くには、スキルより資質に焦点を当てることが前提です。
経営とは、常に「正解のない意思決定」の連続です。知識や経験だけでなく、曖昧で複雑な状況においても、自らの信念と責任感に基づいて判断を下せる“人格的な力”が問われます。
コーポレートガバナンス・コード(株式会社東京証券取引所, 2021年6月版)でも、「CEOの選解任は最も重要な戦略的意思決定であり、資質を備えた人物を選任すべき」と明記されています。
つまり、経営を担うということは、結果に対する責任を全人格で引き受ける覚悟を持つこと。
その覚悟の有無を見極める軸が、「資質」なのです。
6-2. 4層8資質:器を形成する階層構造の理解
リードクリエイトでは、経営人材に求められる資質を4層8資質の構造で整理しています。これは、表層的な能力ではなく、人格的・構造的な要素を階層的に体系化したモデルです。
| 資質と定義 | |
| 第1層 影響 |
①魅了性:他者を惹きつけ、巻き込み、共感を生み出す力 ②人材慧眼:人の本質を見抜き、適材を活かす洞察力 経営とは組織を動かすこと。人の可能性を信じ、力を引き出す影響力が欠かせません。 |
| 第2層 洞察 |
③先見的視野:未来の潮目を読み、変化を先取りする視座 ④経営感覚:収益・資産・リスクを俯瞰し、守りと攻めを両立させる力 中長期視点で事業を導く上で、洞察と経済感覚の両立が不可欠です。 |
| 第3層 ドライブ |
⑤高い志:理想を掲げ、困難を超えて成し遂げようとする推進力 ⑥決断姿勢:不確実な状況でも逃げずに判断し、責任を負う胆力 逆境でも組織を前に進めるエネルギーと覚悟が、経営人材の核です。 |
| 第4層 内的核 |
⑦度量:異なる意見や矛盾を受け止め、調和的に統合する包容力 ⑧倫理観:自らの判断基準に誇りと責任を持つ精神的な軸 これらの最深層が揺るがないと、リーダーとしての器は完成しません。 |
これら8つの資質は独立して存在するのではなく、階層的に連関しながら「人としての器」を形成する構造となっています。
表層の影響力だけでなく、その背後にある洞察・推進・人格のバランスが整ってこそ、真の経営人材としての完成度に近づきます。
6-3. 意思決定の質は人格で決まる:価値観の総体を見極める
経営においては、最終的な成果は市場や環境に左右される部分も多くあります。しかし、その起点には常に「意思決定」があります。
そして、その意思決定の質を左右するのは、論理力ではなく「人格」です。優れた経営者ほど、危機や逆境の中で“人間性”が露わになります。
部下を守るか、リスクを取るか、どの責任を引き受けるか――その判断を下すとき、拠りどころとなるのは知識ではなく価値観です。
経営者の資質とは、単なる能力やスタイルではなく、価値観の総体。
だからこそ、リーダー選抜においても、評価の対象は「何ができるか」ではなく「どう生きようとしているか」であるべきなのです。
経営人材の育成を成功させる企業は、この“人格的次元の意思決定”を可視化するために、
アセスメントや対話を通じて、判断軸の一貫性・価値観の深度を見立てています。
意思決定を支える人格的な力をどう見極めるか――それが、経営人材の育成成功を左右します。
6-4. 資質は選抜基準であり、育成テーマでもある:観察→見立て→鍛錬のプロセス
資質は「ある/ない」で区分できるものではありません。人によって強弱があり、また経験や内省を通じて深化していく可塑的な要素です。
したがって、リーダー選抜の際には、現時点の“発現度”だけでなく、「将来的にどの資質を伸ばせる可能性があるか」という見立てが重要です。
これは、単なる現状評価ではなく、“育つ余地”を見いだす観察の視点です。
一方で、育成においては、これらの資質をどう経験や対話によって引き出し、磨いていくかが鍵となります。
特に、自身の意思や価値観を問われるような経験――つまり「自己との対峙」を通じた気づきが、資質の芽を目覚めさせます。
資質を育てるとは、経験を通じて自己を鍛えるプロセスを設計することです。
観察(行動や思考のパターン)→見立て(強み・伸長余地の明確化)→鍛錬(成長機会の設計)というサイクルを通じ、組織として“人の器を広げる”仕組みを持つことが、経営人材育成の成功を決定づけます。
要点
① 経営においては、自らの信念と責任感に基づいて判断を下せる力が問われるため、スキルよりも「資質」が重要である
② 経営者の資質とは、意思決定の根底にある価値観の総体。選抜や評価においては、「どう生きようとしているか」という人格的な力を見極めなければならない
③ ただし資質は「ある・ない」で判断するのではなく、「将来的にどの資質を伸ばせる可能性があるか」という見立てが大切である
7. 次世代リーダーの資質を見極めるシミュレーション「アセスメントセンター」
次世代リーダー育成を成功に導く企業の多くは、研修や座学だけに頼らず、体験を通じて学ばせる「シミュレーション」を戦略的に活用しています。
それは単なる評価手段ではなく、リーダーとしての覚悟と資質を引き出す“体験設計”でもあります。
ここでは、アセスメント型シミュレーションが育成を成功に導く理由を、3つの観点から整理します。
7-1. 「何を期待されているのか」を体験で腹落ちさせる起点をつくる
多くのリーダー候補者は、「自分が選ばれた」ことは理解していても、「何を期待されているのか」を明確に理解できていません。
この“期待の不明確さ”が、育成の形骸化を招く最大の要因です。
アセスメント型シミュレーションは、候補者が「期待」と「現実」に同時に出会う場です。
経営課題を模したリアルな状況に直面することで、自身の判断がどのように組織へ影響するのかを体感し、「経営を担うとはどういうことか」「自分には何が足りないのか」を実感します。
この“腹落ち”の瞬間が、育成を成功に導く出発点です。
単に「研修を受ける」ではなく、「期待されている役割を自ら実感する」ことこそが、リーダーシップ開発の真のスタートラインなのです。
アセスメントを単なる評価ではなくシミュレーションを通じて「自らの役割を自覚する装置」として活用する。それが、次世代リーダー育成の成功確率を高める第一歩となります。
7-2. 不確実な状況で資質を見極める:経営再現性×曖昧性×制約の設計
経営層を想定したシミュレーションの最大の特長は、「不確実性を再現すること」にあります。
というのも、現実の経営では、情報は常に不完全で、利害は複雑に絡み、時間にも制約があるからです。
この“正解のない状況”での判断こそ、リーダーの資質を最も鮮明に映し出します。優れたシミュレーション設計は、こうした経営の現実を意図的に再現します。
- 判断材料が不十分な中での意思決定
- 関係者の利害が衝突する構図
- 限られた時間内での方針提示
こうした構造の中で、人は迷い、焦り、不安、葛藤といった“内面の揺らぎ”に直面します。
その揺らぎの中でこそ、リーダーとしての本質が表れます。
行動は単なるパフォーマンスではなく、内面の葛藤の末に生まれた意思の表出です。そしてその瞬間こそが、育成の最大の機会になります。
アセスメント型シミュレーションの価値は、「測る」だけでなく、「引き出す」ことにあります。
リーダーとしての意思・価値観・資質を、現実さながらの圧力下であぶり出すことが、育成を成功へと導く最も確かな方法なのです。
7-3. 学ぶ前に「学ばねばならないこと」に気づく装置として機能させる
良質なシミュレーションの目的は、何かを“教える”ことではありません。「これから自分は何を学ばねばならないのか」に気づかせることです。
参加者は、与えられた状況の中で、自ら判断し、言葉にし、行動します。その一つひとつの意思決定が、組織や他者にどのような影響を与えるかを体感することで、自分の“強み”と“未熟さ”を、外からではなく内側から自覚します。
この“気づき”の瞬間に、学びの質が変わります。外から教えられる知識ではなく、自らの体験を通じて「これは学ばねばならない」と思えた時、人は初めて本気で変わり始めるのです。
したがって、アセスメント型シミュレーションは、選抜と育成をつなぐ架け橋として機能します。
選抜の瞬間に生まれた“期待”を、体験を通じて“自覚”に変え、そこから「自分に何が足りないか」を内省するプロセスが、学習意欲を劇的に高めます。
「選抜」と「育成」を一本の線で結ぶこと。この一貫性が、リーダー育成の成功確率を何倍にも高めるのです。
要点
① アセスメント型シミュレーションは、経営課題を模したリアルな状況で、「経営を担うとはどういうことか」「自分には何が足りないのか」を実感するプログラム
② シミュレーションの最大の特長は、不確実性の再現。“正解のない状況”での判断こそ、リーダーの資質を最も鮮明に映し出す
③ シミュレーションを通じて、自分の“強み”と“未熟さ”を、外からではなく内側から自覚します。この“気づき”の瞬間に、学びの質が変わります
最後に:育てるのではなく、明日から動く“成功の起点”を整える
次世代リーダー育成を成功に導くために、最も大切なのは「過保護な環境を整えすぎないこと」です。
特に経営層を巻き込んだ育成施策ほど、「離脱させてはいけない」「失敗させてはいけない」という意識が強く働きます。
しかし、そうした善意の配慮が、結果として“ぬるま湯”のような環境を生み、リーダーの覚悟と成長の機会を奪ってしまうことがあります。
本質的な成長は、不確実性の中で自ら決断し、その責任を引き受ける経験を通してしか得られません。
そこには迷いも痛みも伴います。だからこそ、「育てよう」とするのではなく、「育つ機会をどう設計するか」にこそ、成功の本質があります。
人材育成は、制度や研修の“業務”ではなく、組織の未来を託す“経営行為”です。
やり方やノウハウを足していく話ではなく、人が本気で成長できる構造をつくること。そのために必要なのは、「候補者本人の自覚」と「組織としての覚悟」を同時に点火する起点設計です。
成功する企業は、育成の前に“起点”を整えています。
つまり、「なぜこの人を選んだのか」「何を期待しているのか」「どう報いるのか」を明確にし、
選抜と育成を一貫したメッセージとして届けています。
本人が「なぜ自分が選ばれたのか」を理解し、「これから何を期待されているのか」を体験的に納得できたとき、学びは義務ではなく、自発的な挑戦へと変わります。
この“腹落ちの瞬間”こそが、リーダー育成を成功に導く最大の分岐点なのです。
もし、現在取り組んでいる次世代リーダー育成施策にどこか“しっくりこない感覚”や“成果が見えにくい”という実感があるとすれば、それはやり方やコンテンツの問題ではなく、育成の起点が曖昧になっている可能性があります。
リーダーをどう育てるかを考える前に、まずは「どのような状態からスタートすべきか」を問い直してみてください。
環境・人選・期待・対話――これらが一本の線でつながったとき、リーダー育成は初めて“機能する仕組み”へと進化します。
私たちリードクリエイトは、その起点づくりに伴走し、企業の皆さまと共に“次世代リーダーが確実に育つ仕組み”を形にしていきたいと考えています。
次世代リーダーの可能性を信じ、「環境を整える」のではなく「覚悟を引き出す」育成を。明日から動ける“成功の起点”を、ぜひ共に設計していきましょう。
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