2022年11月にOpenAI社が公開したChatGPT。この生成AIの出現によって、ビジネス環境が大きく変わろうとしています。既に何らかの形でAIを実装し、利活用している企業が増えている中、人材マネジメント業界においても、リーダーのあり方や役割の変化など、相応の衝撃をもたらしています。
本コラムは、「行動観察」の切り口から組織リーダーの適性を測定・評価する専門組織である私たちリードクリエイトが、2023年から実際のアセスメントプログラムにおいて検証と実装を重ねてきた取り組みを踏まえ、そこから見えてきたAIテクノロジーの現在地と可能性を考察します。その上で、管理職をはじめとする組織リーダーの評価や育成の未来に対する現時点での見解を提示したいと思います。
この記事の著者
株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎
2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。
リーダー適性を見極めるための重要な論点
私たちリードクリエイトは、第三者が観察可能な「行動事実」に基づいてリーダーに求められる能力を測定するアセスメントプログラムを展開しています。ただし、行動の表出は記号的なものであり、その背後にある意味を解釈するプロセスが重要です。リーダーの適性は、単にできるかできないかの二項対立でなく、場面適合性や場面有効性などの観点から、状況、役割、行動、結果という文脈で複合的に判断されるべきです。
このように複雑な情報を人間が解釈し、科学的に評価する過程には、一定のバイアスが介在することがあります。したがって、より客観的な評価を実現するためには、AIなどのテクノロジーとの共生を進めることが、必然的な進化の方向性として重要だと考えています。
リアルな職場においても同様のことが言えます。発言そのもの(言語情報)だけでなく、準言語や非言語に加え、状況というファクターが組み合わさって意味が形成されます。言った言わないという次元を超えて、関係者がその発言をどのように解釈し、受け止めたかが非常に重要です。したがって、アセスメント空間における人物の行動の解釈は、リアルなマネジメント空間においても同様に重要であるといえます。
このように考えると、AIがどのように意味を解釈し、マネジメントに活用できるかという観点が重要になります。ATD*の発表の中でも、AIによるコーチングの効果性が検証され、一定の成果を上げているとの情報があります。一方で、本能的な人間の感情や共感能力の実現はAIには難しいのではないかという懸念もあります。しかし、近年の生成AIの飛躍的な進化を考えると、そう遠くない未来に、人間と同等の水準(さらにはそれを圧倒的に上回る水準)で意味を理解し、活用できる領域が増えてくると予想されます。
複雑な人間の行動を科学的に捉えるアセスメントメソッドを扱う私たちが、AIの可能性に向き合い、この数年間に取り組んできたアセスメントプログラムへのAI実装の検証結果を発信していくことで、今後のリーダー育成や人材育成に貢献できると考えています。
*ATD
The Associaton for Talent Developmentの略称。1944年に設立された非営利団体で、約100カ国以上の国々に約40,000人の会員(20,000を越える企業や組織の代表を含む)をもつ、訓練・人材開発・パフォーマンスに関する世界最大の会員制組織。
リードクリエイトが取り組んでいるAI実証検証の取り組み
上述の通り、リーダーシップやマネジメントといった人間の社会的営みにおいては、さまざまな変動要素が複雑に絡み合っています。そのため、複雑な情報を包括的に捉えられるかどうかがAI実装における重要な論点となります。このような背景の中で、東京大学の松尾研究室から立ち上がった2社のAIコンサルティング会社のサポートを受け、2種類のAI実証検証プロジェクトを継続しています。
【参考】ACES社と共同開発しているAI評価の展望について、ACES社のWebサイトにインタビューを掲載いただきました
一つ目は、対人交流におけるAI活用の可能性です。人間は五感を使って膨大な情報を察知しています。例えば、1on1などの場面において、言葉では表現できない微妙な変化を察知するのは人間特有の能力です。瞬きのスピードや声のトーン、やり取りのスピードのわずかな変化など、微細な行動の集合体として何らかのメッセージを感じ取ることができます。こうした微妙な機微を捉え、「上司は何かごまかそうとしている」という意味を理解するのです。AIがこれらの情報を捕捉し、適切な意味づけを行うことができれば、個人の行動改善に向けた有益な示唆を提供できる可能性があります。
もう一つは、意思決定におけるAI活用の可能性です。私たちは日々、さまざまな意思決定を行っています。リーダーの意思決定も多岐にわたりますが、Aを選択する行為の背後にある関心が重要です。なぜAを選んだのか、BではなくAを選択した意図(無自覚なものも含む)がどのように意味として伝わってくるのか、この過程にはリーダーの視野や優先順位が大きく影響しています。もし、本人ですら自覚していない根源的な関心領域や意思決定の基軸を可視化し、フィードバックに繋げることができれば、自身のマネジメントにおける視野を大きく拡張することが可能になるはずです。
結局のところ、職場におけるリーダーの振る舞い(発言や態度、交流の仕方、意思決定そのもの)は、風土形成や成果創出に大きな影響を与えます。特に、部下をはじめとするチームメンバーに対しては行動を規定するほどの重要な影響力を持っています。このような背景から、リーダーの行動特性や思考特性を把握することに、人間の感性とAIによる客観的なデータが融合すれば、適正評価に留まらず、本人の成長をサポートする力を持つと確信しています。
「対人交流」における重要な要素をAIはどこまで捕捉できるのか
AI実装検証のプロジェクトにおいて、1対1の対人場面における会話情報(言語のやり取り)を高い精度で捕捉できることがわかりました。「何を言ったか」という文字情報からは、リーダーが何を考え、どのような言葉を選んで発したのかが明確になり、特定の特性を把握できることが検証されました。今後は、さらに丁寧さ、ポジティブ・ネガティブな表現、事実か解釈かといった解析を加えることで、対人交流における傾向性や能力水準を可視化できると考えています。
一方で、会話における「準言語情報」については課題が残っています。準言語情報とは、聴覚から得られる情報であり、スピード、声のトーン、抑揚、間などが含まれます。この領域には定量化しやすい指標もあれば、声量などは環境によって制約を受けることもあります。特に捕捉した情報を意味に昇華させることが難しいと感じています。意味づけは単一の観点からではなく、言語情報との組み合わせによって行われるため、さらなる検証が求められています。
もう一つが「非言語情報」です。非言語情報は視覚から得られる情報であり、顔の表情、姿勢(態度)、身振り手振り、目線などが含まれます。この領域は人間の心理が現れやすく、困惑や不安などの感情が特に顕著に表出されます。特定の場面と組み合わせることで、何に不安を感じているのかを把握することが可能です。この領域も、上述した準言語情報と同様に、言語、準言語、非言語という総合的な情報に場面という要因が加わることで、より精緻な意味が形成されます。しかし、人間の感性に近い水準に到達するには、まだ険しい道のりが残されています。
いずれにせよ、リーダーの対人関係能力は非常に重要です。リモートワークを含む働く環境が再考される中、所属するコミュニティの意義が問われています。このような状況では、リーダーの交流行為が及ぼす影響は甚大です。自分自身の交流における特性を理解し、相手や状況に適したアプローチを選べるようになるためには、あらゆる角度からの客観的なデータが重要です。人間の感覚を可視化することで、自身の成長に向けた有益な示唆を得られる手応えを感じています。しかし、すでに一部でAI解析を実装していますが、精度の向上が課題となっています。
「意思決定」における重要な要素をAIはどこまで捕捉できるのか
大前提として、日本語は曖昧です。主語が不明確であり、言葉のニュアンスを察することが求められるため、読み手の理解度や感受性も重要となります。一方で、現代社会のビジネスにおいては、多くの情報が言葉によって伝達されています。口頭でのコミュニケーションだけでなく、メールや各種コミュニケーションツールを通じて、文字情報が多くの人に発信されています。リーダーが発する内容(意思決定)には、どのような意図や思惑、意思が込められているかが重要です。受け手はその「メッセージ」に基づいて行動を起こす(行動しないという選択も含まれます)ため、リーダーの発信内容には慎重さが求められます。
リーダーの意思決定を反映した「指示内容」に込められた意味や背景をAIが読み取ることができるかどうかを検証することが、二つ目のプロジェクトです。目的や理由が直接明記されていることもあれば、文面から推測しなければならない場合もあり、多くの情報は直接記載されていません。基本的に、対人行動は第三者によって把握することができますが、思考プロセスは可視化されていません。指示やメールなどの具体的なアウトプットからそのプロセスを辿ることで、本人も自覚していない思考スタイルが浮き彫りになります。その結果、特定の状況下における問題認識(何を問題として捉えたか)や、リーダーが問題解決に向けて何を重視し、どのように取り組んでいくのかといった思考スタイル、さらには成果至上主義や協調的問題解決といった価値観が明らかになります。
書き方から見える特性も重要です。長文や短文、改行や箇条書きの使い方、敬語やマナーなどが指標となります。一文が長く、文章が多い人は、考えがまとまっていない、思いを盛り込む傾向がある、あるいはどうしても伝えたい何かがある場合が考えられます。一方で、文章が短く端的な人は、構造化された思考を持っているか、受け手の気持ちには無頓着(コト志向)であるか、あるいは読み手への配慮を重視している可能性があります。これらはあくまで特性の一例ですが、受け手がどのような理解をし、どのような感情を引き起こすかを把握することが重要です。こうした特性を理解することは、受け手としてのメンバーの育成やエンゲージメントの形成に繋がる重要な要素といえます。
このように、リーダーが意思決定した内容についてAIがどのように解析するかという技術検証を行う中で得られた気づきは、現時点では「間違ってはいないが、合ってもいない」という水準にとどまっています。一方で、部下の立場から言えることは、上司が提示する膨大な情報に対してAIを活用し「要約されたもの」として理解される可能性が高まるという点です。その際、「非常に重要な要素」が削ぎ落とされてしまうというリスクを認識しておくことが重要です。自身が込めた思いや言語からは伝わらないニュアンスを、リーダーがどれだけ浸透させることができるかが、より強く問われてくるのではないでしょうか。
リーダーとしての特性を知ることが自己成長の鍵となる
ここまで見てきたように、「表に現れている事象(行動)」という材料をAIを通じて解析することで、特性を可視化できる未来は近づいていると言えます。その実現は、私たちが思っている以上のスピード感で進行しています。少なくとも、リーダーが自分の状態をより精緻に理解できるようになることで、的確な自己成長の取り組みに繋がることが期待されます。
一方で、「表に現れていないもの」は判断ができません。ここで指しているのは行動ですが、リーダーに最も強く求められる要素の一つに、0から1を生み出す発想があります。それは単なるクリエイティビティではなく、何を為すかというビジョンであり決断です。何らかの情報を入力すれば、合理的な判断をAIが手助けしてくれる可能性は高いと言えます。しかし、何かを成し遂げる際の初動には、むしろ合理的な判断が介在せず、想いや理想、欲求といった相反するものが原動力となっているのです。
AIの発展は、社会に大きなインパクトを与えています。だからこそ、人間にしかできない根源的な部分で新たな価値を生み出せるかが問われています。少なくとも、「0」という状態から、どこに向かうのか、何のために向かうのかという意思決定は、人間にしかできないのです。
そう考えると、リーダー育成の文脈においては、「本人の意思をアウトプットすること」が重要なテーマになってくるのではないでしょうか。人間の意思が何らかのアウトプット(起点)を生み出さなければ、どれだけAIのテクノロジーが進化してもその活用は難しいと言えます。少なくとも、不合理や非効率の中にこそ活路がある場面が存在するはずです。そのためにも、自身の特性を理解し、自らの意思によって進むべき道を示すことが、これからのリーダーにますます求められてくるのではないでしょうか。そして、その決断の先にある全てに責任を持つという倫理観こそが、最も重要な要素になるのではないでしょうか。
まとめ
- 人間の複雑な行動の意味づけがAIによって為される未来が近づいている
- 対人交流や意思決定のスタイルを自覚することが自己成長に繋がる
- 人間にしかできない「意思をアウトプットする」行為がリーダーにはより強く求められる
今回は、私たちリードクリエイトが、実際のアセスメントプログラムにおいて検証・実装してきたAIテクノロジーの考察を踏まえ、生成AIの可能性とリーダー育成の未来をテーマに焦点を当てて解説しました。この記事を読んだ方が、少しでもAIとリーダー育成の未来に対する何らかの気づきに繋がっていたら幸いです。
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