心理的安全性と組織変革の本質【考察】

2022.10.06

心理的安全性とは

昨今、心理的安全性(psychological safety)というワードが注目を浴びています。そもそも心理的安全性とは新しい概念ではなく、半世紀以上前に、マサチューセッツ工科大学の教授であるエドガー・シャイン教授とウォレン・ベニス教授が提唱したのが始まりです。その後、1999年に現ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授が、心理的安全性を「対人関係のリスクを取っても安全だと信じられる職場環境」と定義し、さまざまな研究事例から心理的安全性の重要性を明らかにしました。エドモンドソン教授は、「心理的安全性が高い組織は、自身の意見によって、メンバーから嫌われたり、遠ざけられたりすることはないという安心感があり、それがメンバー間の健全な意見交換を可能にする。そのような組織でない限り、イノベーションを生み、新たな価値創造をもたらすことは不可能である。」と主張しました。

心理的安全性が一躍有名になったのは、2015年にGoogle社が「有能なチームは心理的安全性が高い」という社内調査結果を発表したことがきっかけでしょう。「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれたその調査は、生産性の高いチームの条件を明らかにするため、自社の180のチームを分析しました。その結果、高いパフォーマンスを発揮するチームの共通項は「心理的安全性(Psychological safety)」、「信頼性(Dependability)」、「構造と明瞭さ(Structure & clarity)」、「仕事の意味(Meaning of work)」、「インパクト(Impact of work)」の5つであり、「そのうち心理的安全性の重要性は群を抜いている。他の4つの土台である。」と結論づけました。

心理的安全性が注目される背景

そもそも、心理的安全性がここまで注目されるようになった背景には何があるのでしょうか。

「VUCAの時代」と呼ばれて久しいですが、昨今のテクノロジーの進化に代表される一層の社会構造の変化によって、先行きが不透明で未来を予測することが困難な状況に拍車がかかっています。益々、現場の知恵や情報がイノベーション・価値創造のカギを握り、競争上の優位性を大きく左右する時代になってきていると言えます。だからこそ、現場の様々な意見を率直に吸い上げる必要があり、そのような行為を起こしやすい職場環境を作るために、心理的安全性というワードが注目されているひとつの理由であると考えます。

加えてそこにコロナウィルスというパンデミックが直撃し、私たちの働き方にも急激な変化が生じました。全員がオフィスに出社し仕事をするという環境からテレワークに移行し、これまでと比べてメンバー間での対話や情報交換が行いにくい環境となりました。コロナ前に比べて、対人関係に不安を覚えるようになった人の割合が増加しているという調査結果、エンゲージメントサーベイ、360度診断による組織の実態把握が数多く行われている現状からは、経営も現場も組織づくりに苦心している様子が伺えます。

まとめると、先行きが不透明で未来を予測することが困難な環境が加速する中でも、価値を創造し続けることのできる組織づくりという課題(組織のソフト面における課題)に加え、パンデミックがもたらした働く環境の変化に対応する組織づくりという新たな課題(組織のハード面における課題)が加わり、その課題を解決するための拠り所として、心理的安全性への注目度が増しているのだと推察します。

心理的安全性の高い組織が実現できない原因

以上のように、心理的安全性の注目度が増している状況であることは、疑いようのない事実であるといえるでしょう。一方で、組織の実態はどのようになっているのでしょうか。残念ながら日本の企業においては、未だ心理的安全性の高い組織の実現には至っていないというのが現実ではないかと思います。無論、現代のような複雑で不確実な環境下においては、現場で得た知識や情報をタイムリーに発信できる組織、建設的な意見交換ができる組織といった、いわゆる「真の対話」ができる心理的安全性の高い組織である方が、イノベーションを生み、新たな価値創造をもたらす可能性が高いことは理解しているはずです。ではなぜ、心理的安全性の高い組織の実現が進まないのでしょうか。

人間は誰であれ、理想や本気で成し遂げたい目標を掲げつつも、脅威に直面すると平然とそれとは真逆の行動を取ってしまいます。その理由は、人の内面には強固な固定観念から生じる「もう一つの目標」が存在しているからです。具体的な例として、ある組織のリーダーが「部下に権限を委譲し、次のリーダーとして成長させたい」という目標を掲げたとします。しかし、このリーダーは部下のやり方につい口を出したり、適宜報告を求めたりと、自分の意に沿う方向へ軌道修正を図ろうとする行動を意図せず取ってしまいます。このような光景は皆さんもよく見かけることではないでしょうか。このリーダーはなぜこのような、掲げた目標を阻害するような行動を取ってしまうのでしょうか。それは、このリーダーの内面に「リーダーは部下より偉い立場にあるべきだ」という強い固定観念が存在しており、その影響で「リーダーとして優位に立っていたい」というもう一つの目標が作用したためと言えます。このように人は受け入れがたい状況や潜在的に危険な状況に晒された時に、その不安を軽減しようとする無意識的な心理的メカニズムが働き、本能的に自分を守ろうとする行動をとってしまいます。これを自己防衛と言います。

組織には色々な人が所属しており、そこには様々な感情が存在しています。「無能だと思われたくないがために虚勢を張る人」、「無知だと思われたくないがために知っている振りをする人」、「空気をよめないと思われたくないため、反対意見を提言できない人」、「人に嫌われたくない、評価を下げたくないため、ストレートに本音をぶつけることができない人」など、各々の内面には常に対人的な不安がつき纏い、自身を本能的に守ろうとする「自己防衛心」が働いています。その内面に隠れた「自己防衛心」が、心理的安全性の高い組織へと組織変革が進まない理由であると考えます。

心理的安全性の高い組織を実現するために

心理的安全性が高ければ物事は万事上手く進む、と言っているわけではありません。しかし、先行きが不透明で未来を予測することが困難な現代においては、心理的安全性の高い組織であることが成功する組織の十分条件と言えるでしょう。昨日までカリスマだと崇められていたリーダーであっても、進む道を誤り、次の日には失格の烙印を押される、そういう時代です。ましてや、言い方を恐れずに言えば、リーダーの99%以上が凡人です。だからこそ、リーダーは自分自身に謙虚にならなければなりません。自分の考えを正解だと決めつけず、時にはそれを疑い、メンバーの声に耳を傾ける必要があります。虚勢を張って「リーダーっぽく」見せようとするのではなく、わからないことは正直にわからないと伝え、逆にメンバーから教えを乞う姿勢も重要です。そのようなリーダーの姿勢、振る舞いがメンバーに届き、徐々に心理的に安全な組織が作られていきます。そういう意味において、組織変革を成し遂げる最初のアプローチは、リーダー自身の内省から始めるべきではないでしょうか。

この記事の著者

株式会社リードクリエイト
マーケティング推進本部 マネジャー 角 美寛

2008年1月よりリードクリエイトに参画。2022年3月まで一貫して営業畑を歩み、大手企業を中心に顧客の人事・人材育成上の課題解決に従事。2022年4月よりアセスメントプログラムの品質管理や新たなソリューション開発、販売促進施策の展開をメインに活動中。