教育体系とは何なのか?目的・意味・見直す際の視点について

2025.12.11

コラム|教育体系とは何なのか?目的・意味・見直す際の視点について|株式会社リードクリエイト

「教育体系を見直したい」

この言葉は、多くの企業の人事や経営層が抱く共通の課題意識です。しかし、その声の裏側には、より本質的で、より切実な“言いにくい感情”が横たわっています。

  • 研修をいくら整備しても、リーダーが育ってこない
  • 教育と評価がつながっていない
  • 現場は忙しく、育成は“現場任せ”になっている
  • 人材要件をつくったものの、体系的に運用できない

こうした違和感や閉塞感が、教育体系というテーマを重く感じさせているのではないでしょうか。

しかし、教育体系とは本来、単なる研修メニューの羅列ではありません。ましてや、階層別・選抜・専門研修といった「形式」を積み上げれば機能するほど単純なものでもありません。

教育体系とは、企業が“どのような人を育て、どのような組織をつくり、どの方向に向かっていくのか”という経営の意思を表すメッセージ発信装置です。

だからこそ、教育体系の設計そのものが、組織の未来設計と不可分であり、経営の重要テーマと言えます。

では、教育体系を本来の意味で“成功”に導くには、何が必要なのでしょうか。

その鍵は、“目的”から出発する姿勢にあります。

そもそも多くの教育体系が行き詰まるのは、研修テーマや階層、予算といった“手段”から設計を始めてしまうためです。そうではなく、

【経営戦略 → 人材要件 → 現実の組織 → 教育の構造】

という因果の流れを正しく描けるかどうかが、体系が機能するか否かを決定付けます(詳細は2章で解説)。

この流れが整ったとき、教育は単なる研修の集合ではなく、企業の成長を支える“仕組み”として機能し始めます。

リードクリエイトは30年にわたり、大企業のリーダー選抜・育成に伴走してきました。その経験から確信していることがあります。

それは、教育体系の成功は、方法論ではなく「原理原則」に支えられているということです。そして、その原理原則の中心にあるのは、

  • 教育を“戦略のツール”として使うこと
  • 人材要件を“組織が目指す北極星”として使うこと
  • 評価と育成が“一貫したストーリー”であること

の3つです。

本コラムでは、「教育体系とは何か」「どうつくるのか」といった一般的な解説にとどまらず、教育体系を成功に導くために逸脱してはならない原理原則と、押さえるべきポイントを体系的に整理していきます。

人事担当者の方が自社を俯瞰し、「どこに課題があり、どこから着手すべきか」を見極めるための視点を提供したいと考えています。

教育体系とは、経営が人を信じ、未来を託すための装置です。この装置が組織にフィットした瞬間、育成と戦略が同じ方向を向き、組織の成長速度は確実に変わります。

ここから先は、教育体系を“成功させる”ための本質を、構造として解き明かしていきます。

あなたの組織が次の成長ステージに進むための鍵は、きっとこの中にあります。

 

この記事の著者

parts_kan_148

株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎

2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。

1. 教育体系とは何か

1-1. 教育体系の本質は「経営の未来を実現する装置」

教育体系とは何か。この問いに対し、多くの企業では「研修の一覧」「階層別研修の区分」「育成プログラムのまとめ」といった形式的な答えが返ってきます。

しかし、教育体系の本質はそのような表面的なものではありません。

教育体系とは、「企業がどのような未来を描き、その未来に必要な人材をどのように育てるのかという経営の意思を構造化したもの」です。

ここを捉え違えると、どれだけ研修を積み重ねても成果に結びつかず、体系は形骸化していきます。

企業が成長するためには、「望ましい状態」と「現実」のギャップを埋める必要があります。教育体系は、このギャップを意図的に埋め続けるための仕組みです。

単に「能力を伸ばすための研修」を並べるのではなく、経営が求める人材の姿を明確にし、その姿に近づくための経験・学習・フィードバックを、いかに一貫性を持って配置するかが問われます。

つまり教育体系とは、研修の羅列ではなく、「組織の未来に向かう道筋」を可視化した設計図です。その本質を理解したとき、教育体系は「研修部門の仕事」から「経営戦略の実現装置」へと意味付けが変わります。これが、最初に押さえるべき視点です。

1-2. 研修体系と教育体系の違いは「目的の高さ」にある

多くの企業で混同されがちなのが、「教育体系」と「研修体系」の違いです。この2つは似ているようで、目線の高さがまったく異なります。

研修体系は、あくまで「研修プログラムをどう整理するか」といった視点に立っています。

一方で教育体系は、「未来の組織を実現するために、どのような人材をどのようなステップで育てるのか」を描く、より高次の設計思想です。

研修体系は「手段の整理」であり、教育体系は「目的から逆算した構造」です。

  視点 意味
研修体系 研修プログラムの羅列 手段の整理
教育体系 未来の組織を実現するための育成ステップ 目的から逆算した構造

この区別を曖昧にすると、企業は研修メニューをどれだけ増やしても組織が変わらないという状況に陥ります。

なぜなら、研修体系は現状の課題に対処することはできても、未来に向けて人材を育てる「因果の設計」までは担えないからです。

教育体系は、研修の種類ではなく、「どのような目的を実現するために、その学習が存在するか」を描きます。

そこには経験学習、配置、評価、対話、OJT、昇進昇格の仕組みまで含まれます。教育体系とは、研修を「点」ではなく「線」としてつなぐ作業であり、まさに「戦略の翻訳装置」と言えるのです。

1-3. 教育体系は「組織の未来を示す鏡」である

教育体系には、その企業がどの方向に向かおうとしているのか、どの程度の覚悟と一貫性を持って人を育てようとしているのかが鮮明に表れます。

例えば、未来の経営幹部を強化したいと言いながら、選抜・育成・評価の仕組みに一貫性がなければ、その企業は本気でリーダーを育てる覚悟がないと言えます。

また、主体性や挑戦性を求めると言いながら、教育体系が「管理型」の内容で埋め尽くされている場合、その矛盾は現場に伝播し、組織の行動様式に影響を与えます。

つまり教育体系は、企業の信念と矛盾が最も露骨に表れる場所なのです。

教育体系を見れば、その企業が何を大切にし、何に目をつぶり、どこに妥協しているのかが分かります。これは、教育が単なる研修を超え、「文化と戦略を結ぶ装置」だからこそ生まれる現象です。

教育体系を整えるということは、単なる学習機会を提供することではありません。

企業の未来を定義し、その未来にふさわしい人材像を明確にし、その実現のための道筋を構造で示すことです。

教育体系とは、未来へのコミットメントそのものなのです。

要点

① 教育体系とは研修プログラムの羅列ではなく、組織の未来にふさわしい人材を実現する設計思想である

② 教育体系は、企業の「望ましい未来」と「現実」のギャップを埋める仕組みである

③ 教育体系は、その企業が何を大切にし、何に目をつぶり、どこに妥協しているのか顕在化しやすい 

2. 教育体系が果たすべき3つの役割

教育体系には、企業において果たすべき重要な役割が3つあります。

第1の役割「人材要件を具体化する場」

企業は、「どのようなリーダーが必要か」「組織を前に進めるのはどのような人材か」という人材要件を掲げます。しかし、要件は言葉だけでは行動に転換されません。

教育体系は、その要件を「学びと経験」に翻訳する場所であり、言語化された理想を行動レベルまで落とし込むための重要な場なのです。

第2の役割「組織文化の再生産と更新」

教育体系が適切に機能することで、組織が大切にしたい価値観や行動様式が育成のプロセスを通じて共有されていきます。

また、変化に合わせて内容を更新することで、過去の延長ではなく「未来に向けた文化」を育てることもできます。

第3の役割「評価・アセスメントとの接続」

人材育成は本来、選抜・評価と切り離せません。教育を受けても評価に反映されない、昇進昇格に結びつかないといった状況は、体系の信頼性を損ないます。

逆に、アセスメントや評価の結果が教育体系に反映されることで、体系は「人材の成長ループ」として循環し始めます。教育体系は、学び・経験・評価の循環を成立させるために欠かせないインフラなのです。

要点

① 教育体系は、人材要件を行動レベルまで落とし込むための重要な場である

② 教育体系が適切に機能することで、組織が大切にしたい価値観や行動様式を共有できる

③ 教育体系は、学び・経験・評価の循環を成立させるインフラである

3. 教育体系はどのようにつくるべきか──原理原則から考える

3-1「正しい手順」はないが、「外してはならない順序」はある

教育体系の相談を受けると、多くの企業が「正しい手順を教えてほしい」と言います。

しかし、リードクリエイトが30年間の実務で確信しているのは、「絶対的に正しい手順など存在しない」という事実です。

企業の置かれた状況、歴史、文化、事業構造、人材の特性──これらによって、最適なプロセスは必ず変わります。

ただし、「外してはならない順序」は存在します。それは、

【経営戦略 → 人材要件 → 現実の組織 → 教育の構造】

という因果の流れです。この順序が崩れると、教育体系は必ず機能不全に陥ります。

例えば、現場の声から研修テーマを羅列したり、過去の研修をベースに体系をつくったりすると、教育は「問題への対症療法」で終わります。

逆に、経営戦略や中期方針を起点に人材要件を描き、そのギャップを可視化した上で教育体系を設計すると、研修の一つひとつに「戦略を進める意味」が宿ります。

重要なのは、手順の正しさではなく、「何を起点に置くか」という順序の正しさです。

教育体系づくりにおいて大切なことは、「方法の選択」ではなく、「因果の順序を守ること」です。

3-2. 人材要件が曖昧な企業に、教育体系はつくれない

教育体系の成否を決める最大の要因は、人材要件の明確さです。どれだけ体系図を丁寧に整理しても、求める人材像が曖昧なままでは、教育体系は必ず迷走します。

多くの企業で見かけるのが、以下のような状態です。

  • 抽象的な行動指針だけが掲げられている
  • 役割定義が古く、実態と合っていない
  • 企業理念や行動指針と、人材要件が一致していない
  • 職能要件がスキル項目の寄せ集めになっている

これらの状態では、研修の効果も人材育成の方向性も定まりません。なぜなら、教育とは本来、「あるべき姿と現実の差」を埋める営みだからです。人材要件が機能していない企業は、言わば「地図のない旅」をしているのと同じで、教育体系は研修の寄せ集めになってしまいます。

教育体系をつくる上で欠かせないのは、

「人材要件は教育のために存在するのではなく、戦略の実現のために存在する」

という視点です。人材要件が戦略と接続して初めて、教育体系は「戦略実行のための装置として意味を持ちます。

3-3. 教育は研修だけでは成立しない:「経験」「配置」「対話」「評価」の接続

教育体系という言葉から、多くの人が「研修プログラム」を想像します。しかし、研修は教育体系の一部でしかありません。むしろ、研修単体で人を変えられる場面は限られています。

教育体系の原理原則の一つは、「研修だけではなく、成長を生む全ての経験を構造として扱うこと」です。

例えば、次のような要素は全て教育体系の一部です。

  • 配置やローテーション
  • OJTの仕組みと現場の育成力
  • 1on1や対話文化
  • 評価・アセスメントのフィードバック
  • 越境経験やプロジェクト参加
  • 経営との接点づくり
  • 失敗からの学習機会の設計

これらを「偶然に任せる」のではなく、体系として整理することで、企業は成長のループを意図的に生み出すことができます。

特に重要なのが、評価と育成の一貫性です。評価で求める行動と、研修で育てる行動が一致しなければ、社員は行動変容を起こせません。

逆に、一貫性のある教育体系は、社員に「何が期待されているか」を強烈に伝える装置となり、成長を加速させます。

教育体系を成功させるポイントとは、研修中心の発想から脱却し、「成長を生み出す全てを構造として扱う視点」を持つことなのです。

3-4. 教育体系に「文化」を組み込む:育成は企業の価値観を再生産するプロセスである

教育体系を語る上で、見落とされがちなことがあります。それは、「教育体系は文化を内包しなければならない」という視点です。

育成とは単にスキルを伸ばす営みではありません。

育成とは、組織が大切にする価値観・姿勢・判断基準を次の世代に伝え、「組織文化を再生産するプロセス」そのものです。

例えば、主体性や挑戦性を大事にする企業が、管理型の研修ばかり行っていれば、その矛盾は若手に伝わり、組織文化は変わりません。

逆に、挑戦を評価し、失敗を学習価値として扱い、健全な対話が促される教育体系は、その企業の文化を未来に受け渡すことができます。

教育体系の原理原則の最後は、「文化と戦略の接続を教育で実現する」ということです。

学びの中で体験する価値観や判断基準は、日々の行動や意思決定の基準を形づくります。だからこそ、教育体系は文化の翻訳装置でもあり、戦略の実行装置でもあります。

教育体系をつくる上で大切なのは、研修の中身よりも、「どのような組織をつくりたいのか」という文化の方向性を反映できているかです。これを外すと、教育体系は必ず空虚になります。

要点

① 企業の置かれた状況、歴史、文化、事業構造、人材の特性によって教育体系の手順は異なるので、「正しい手順」は存在しない

② しかし「外してはならない順序」は存在し、ここから逸脱すると教育体系は機能不全になる

③ 教育体系の外してはならない順序は【経営戦略 → 人材要件 → 現実の組織 → 教育の構造】である

4. なぜ教育体系は機能不全に陥るのか?構造的な問題について

4-1. 人材要件の曖昧さが全ての歯車を狂わせる

前章でも触れましたが、教育体系が機能不全に陥る最大の理由は、人材要件が曖昧なまま体系づくりが始まってしまうことです。

人材要件は本来、教育体系の「北極星」となる存在です。しかし多くの企業で、人材要件は次のような状態になっています。

  • 抽象的で、誰にでも当てはまる表現
  • 行動指針と混在し、レベル差が曖昧
  • 職能要件が現実と乖離している
  • 理念やミッションがつながっていない

このような状態では、「何を育てるべきか」「どの経験が重要か」といった判断ができず、教育体系は研修テーマの羅列になってしまいます。

逆に言えば、人材要件が明晰であれば、教育体系は強固な一貫性を持ち始めます。必要な経験や研修、評価がつながり、体系全体に「方向性」が宿ります。

4-2. 手段起点で教育体系をつくってしまうのはなぜか

教育体系の設計でよく起こる失敗は、手段から入ってしまうことです。

例えば、「管理職研修は何をやるべきか?」「階層別研修はどう整理するか?」と研修テーマを起点に議論が始まります。

このアプローチは、体系の本来の目的である「戦略実現」と完全に切り離されてしまいます。

手段起点になると、次のような歪みが生まれます。
  • 研修がイベント化する
  • 体系が「研修カタログ」化し、戦略との接点が消える
  • 学んだ内容が日常の仕事に接続しない
  • 評価や昇格と関係がないため、行動変容につながらない

これは「研修を足すことで何とかしよう」という発想が生んだ構造的問題です。

繰り返しますが、教育体系は【経営戦略 → 人材要件 → 現実の組織 → 教育の構造】という正しい順序で考える必要があります。しかし手段起点の体系では、この因果の流れを逆走してしまうのです。

手段から整理することは悪ではありませんが、目的に紐づかない手段は教育として機能しません。教育体系が機能不全に陥る第二の構造は、この「順序の逆転」にあります。

4-3. 「評価と育成」が断絶することで体系は一気に形骸化する

教育体系が機能しない理由の中で、最も現場に影響を与えるのが、評価と育成の断絶です。

多くの企業で、次のような構造が見られます。

  • 研修で学んだ内容が評価に反映されない
  • 昇格の要件と研修の内容が全く一致していない
  • 上司が研修内容を理解していない/関与しない
  • 学習成果を確認する場が存在しない

この状態では、社員は「何を学べば評価されるのか」が分かりません。結果として、研修は「参加すれば終わり」のイベントになり、教育体系は機能しない構造になります。

教育体系の本質は、【学習 → 実践 → フィードバック → 再学習】の成長ループを回すことにあります。評価は、そのループに強制力と方向性を与える装置です。

つまり、評価と教育が断絶している状態では、企業は「育てたい方向」と「評価される方向」がずれたまま社員を走らせることになります。これは、成長のブレーキになるだけでなく、組織の文化にも悪影響を与えます。

教育体系が機能不全に陥る三つ目の構造は、教育と評価が別の物語を語ってしまうことなのです。

4-4. 「現場依存の育成文化」が体系の設計を侵食する

最後に見逃せない構造的問題が、育成を現場の個人能力に依存してしまう文化です。

「育成は現場でやるもの」という考え方は大切ですが、現場任せになりすぎると、次の歪みが生まれます。

  • 育成の質が上司によってバラバラになる
  • 評価と育成の整合性が保てない
  • 上司の忙しさにより、OJTが機能しない
  • 体系としての一貫性が途切れる
  • 現場の価値観がそのまま次世代にコピーされる

現場依存が強すぎる組織では、教育体系という「企業の意図」よりも、上司個人の価値観が優位に立ってしまいます。結果として、人材要件も戦略も、現場で十分に再現されなくなってしまいます。

教育体系が成功する企業は、現場の力を尊重しつつ、「現場に依存しない育成の仕組み」を持っています。例えば、アセスメントによる成長の可視化や、体系的な配置設計、定期的なフィードバック文化などがその例です。

教育体系が機能不全に陥る四つ目の構造は、組織としての育成が、個人の力量に委ねられてしまうことにあります。

要点

① 教育体系が機能不全に陥る最大の理由は、人材要件が曖昧なまま体系づくりが始まってしまうこと

② 研修テーマを起点に教育体系をつくると、経営戦略と接続できず、学んだ内容が日常の仕事に活かされない

③ 教育体系が評価体系と断絶されていると、研修は「参加すれば終わり」のイベントになってしまう

5. 教育体系の構築・見直しに役立つチェックポイント

5-1. 自社の「目的」は明確か──教育体系の起点を見極める

教育体系を見直す際、最初に問い直すべきは「そもそも何のために教育をするのか」という“目的”の解像度です。

この問いに明確に答えられないと、教育体系はすぐに手段に流されます。目的を確認する際には、次の3点をチェックしてみましょう。

CHECK 1. 経営戦略との接続は明確か
中期計画や事業戦略において、どのような組織・人材が必要かが言語化されているか。その要件を教育体系に落とし込めているか。目的が戦略とずれると、体系は「人材開発部の仕事」に閉じてしまいます。

CHECK 2. 教育の役割は明確に定義されているか
教育を「研修」ではなく、「組織を未来へ導く仕組み」と捉えられているか。組織文化をどう再生産し、どの能力をどの経験で形成するのかといった「役割の期待値」を揃える必要があります。

CHECK 3. 経営の意思が反映されているか
教育体系は人事のためのものではなく、経営の未来投資です。経営が求める人材像、価値創造の方向性が体系に反映されているかを確認します。

目的の曖昧さは教育体系の形骸化を招く最大要因です。まずは「起点となる目的」が明確かどうかを丁寧に見直すことが不可欠です。

5-2. 人材要件は「機能するレベル」で定義されているか

人材要件は教育体系の核となる存在ですが、「つくっただけ」で機能していない企業は少なくありません。教育体系を見直す際には、要件が次の条件を満たしているか確認してみましょう。

CHECK 1. 抽象と具体のバランスが適切か
「主体性」「挑戦性」といった抽象語だけでは、行動に落ちません。一方で、行動細目を並べすぎると、要件が「やることリスト」に変質します。抽象(思想)と具体(行動)が往来可能なレベルで定義されているかがポイントです。

CHECK 2. 役割とのつながりが明確か
管理職・リーダーの役割は各社で異なります。役割の違いが反映されているか、また「何ができればその役割を果たせるのか」が明確かどうかを点検します。    

CHECK 3. 評価基準と矛盾がないか
人材要件が評価と一致しない場合、社員は混乱し、教育体系の信頼性が失われます。評価・昇進の基準に要件が反映されているか、また昇格時に必要な能力が明瞭かを確認します。

人材要件は「理念」でも「スローガン」でもありません。行動・成長・配置・評価の全てを結ぶ「中心軸」として機能しているかが重要です。

5-3. 教育体系は「経験・配置・対話・評価」まで含めた構造になっているか

教育体系は研修だけで成立しません。成長とは、【経験 × 内省 × フィードバック】の循環で生まれるため、以下の観点が体系に組み込まれているか確認してみましょう。

CHECK 1. 配置は戦略的か
ローテーションが慣例的運用に陥っていないか。次世代リーダー候補に対し、意図した経験を積ませる配置になっているかを確認します。

CHECK 2. 対話の仕組みはあるか
1on1やキャリア面談が形骸化せず、内省を促し、能力形成と結び付く場になっているかがポイントです。

CHECK 3. 評価・アセスメントと連動しているか
成長を可視化し、次の育成施策につなげる仕組みがあるか。研修結果が評価とつながっていなければ、行動変容は長続きしません。

教育体系を「研修体系」に縮小せず、人材の成長に関わる全ての構造を統合しているかが、成功のポイントです。

補論:どこから着手すべきか?状況に合わせたガイドライン

教育体系の見直しといっても、企業の課題は置かれた状況によって異なります。以下に、想定される状況ごとに「最初の一歩」を整理します。

① 人材要件はつくったが体系に落ちない
人材要件の定義が「教育に翻訳できるレベル」かを再点検します。行動レベルや経験レベルに落とせない抽象語が残っていないかを確認し、必要なら再構造化しましょう。

② 教育と評価がバラバラになっている
評価制度の「役割期待」「行動基準」と教育体系の接続関係を見直します。昇格要件に育成項目が含まれているか、学習内容が評価に反映されるかを確認することが重要です。

③ 研修はやっているのにリーダーが育たない
研修中心の体系から脱却し、「経験デザイン」「配置」「フィードバック」の3点が欠けていないか確認します。特に、「越境経験」や「現場での挑戦機会」を体系に組み込むことが重要です。

④ 何から手を付けるべきか分からない
まず「目的」「人材要件」「現状のギャップ」の3点を棚卸しすることから始めてみましょう。教育体系は方法論ではなく「因果関係のデザイン」であるため、目的の明確化が全ての出発点です。

この章で整理したチェックポイントは、体系の見直しに向けた「思考の地図」です。

自社の現状を冷静に見つめ、まずはどの因果のずれから修正すべきかを明確にしていくことが、成功への最短ルートとなります。

6. Q&A:教育体系を構築する際のよくある悩み

Q. 研修を実施しても、現場の行動が変わりません。何が問題なのでしょうか?

A. 研修後の行動が評価と接続できていないかもしれません。

最も多い相談の一つです。多くの企業では、研修を「学びの場」、評価を「結果を見る場」、OJTを「現場任せ」としてそれぞれ独立して扱っています。しかし、成長が生まれるのは 「学習 → 実践 → フィードバック → 再学習」 のループが回った時です。

研修後に行動が変わらない理由は、このループのどこかが欠けているからです。
特に大きいのは 評価との断絶です。

研修で学んだ行動が評価軸に反映されていない場合、社員にとって研修での学びは「実務で使う理由」がありません。逆に、評価に直結した研修は、行動変容のスピードが一気に高まります。

また、研修を受けた社員が現場に戻った際に、上司が内容を理解していない場合も変化は生まれません。上司の理解度と関与度が、研修効果の半分を決めると言っても過言ではありません。

よって、この問題の本質は「研修の質」ではなく、「研修を組織の成長構造に乗せられていないこと」にあります。

Q. 人材要件をつくったのですが、教育体系に落ちません。どうすればよいでしょうか?

A. 人材要件が抽象的すぎるかもしれません。

人材要件が教育体系に落ちない理由は、多くの場合、抽象の度合いが高すぎることにあります。

「主体性」「協働」「論理的思考」などの抽象語は、美しく聞こえるものの、教育に翻訳することが困難です。

人材要件を教育体系に落とし込むためには、次の3段階で構造化することをおすすめします。

 

  • 思想(大切にしたい価値観は何か)
    例:自ら関与する姿勢、挑戦に向かう意志
  • 行動(どのように表れるか)
    例:曖昧な状況で自分の解釈を言語化し、意思決定をする
  • 経験(どのような経験が成長をもたらすか) 
    例:プロジェクトの主担当として意思決定をする場面、利害調整の場面

 

この3層を整理することで、教育体系に落ちる構造が成立します。

結論として、人材要件が教育に落ちないのは「抽象度の問題」であり、改善の鍵は「要件を経験に翻訳できるレベルにまで具体化すること」です。

Q. 階層別研修と選抜研修のバランスをどう考えればよいですか?

A. それぞれの役割を理解した上で体系的に捉えましょう。

階層別研修は必要条件であり、選抜研修は十分条件です。

階層別研修は、全社員の底上げと組織文化の共通言語化を担います。一方で、選抜研修は、未来の組織をつくるリーダーを集中的に育てる場です。

問題は、多くの企業で階層別研修が形式化し、選抜研修が「思いつき」で実施されていることです。その結果、どちらも意図が曖昧になり、体系全体がぼやけてしまいます。

おすすめしたい考え方は、

「階層別=文化の土台、選抜研修=未来の投資」

という整理です。どちらも必要ですが、果たす役割が違います。

さらに重要なのは、選抜育成が「選ばれた後のキャリア」と結びついているかです。選抜育成は単体では意味を持ちません。配置、評価、アセスメントと一体となって初めて戦略人事として機能します。 

階層別と選抜をどう配置するかではなく、「両者が体系の中でどのような因果をつくるか」という視点が本質的です。

Q. 現場の育成力に差があり、教育体系が機能しません。どうすれば均質化できますか?

A. まずは3つのアプローチを試してみましょう。

現場の育成力に差がある状態は、多くの日本企業が直面する課題です。

しかし、この問題は「上司が悪い」のではなく、「育成を個人能力に依存している仕組み」に原因があります。

均質化するためには、次の3つのアプローチが有効です。

 

  • 育成の「共通言語」をつくる 
    行動基準、人材要件、成長ステップが明確であれば、育成の質は上司の力量に依存しにくくなります。
  • フィードバックの仕組みを制度化する 
    1on1や定期的なフィードバックは「仕組み」として存在することで、上司のコミュニケーション能力の差を緩和します。
  • アセスメントで成長の“見える化”を行う 
    定期的にアセスメントを行うことで、成長の質を客観的に把握でき、育成の精度が上がります。

 

現場の育成にバラつきがある背景には、育成の「構造がない」ことがあります。

均質化の鍵は、「人間力に頼らず、仕組みによって育成の質を担保すること」にあります。

Q. 教育体系を作りたいが、何から始めていいか分かりません。最初の一歩は何でしょうか?

A. 経営戦略と人材要件の整合性チェックから取り組んでみましょう。

最初の一歩は、体系図を描くことでも、研修一覧を整理することでもありません。

結論はシンプルで、「目的・人材要件・現実のギャップ」の3つを棚卸しすることです。

特に重要なのは、「人材要件は本当に戦略につながっているか?」という問いです。

これが明確になれば、教育体系の6〜7割は方向性が定まります。

次に、求める人材像と現実の人材とのギャップを可視化します。アセスメントや評価データを活用することで、成長課題が立体的に見えます。

最後に、そのギャップを埋めるための「経験・研修・配置・フィードバック」の構造を整理します。これが教育体系の骨格になります。

つまり、最初の一歩は「方法論」ではなく、「考える順序を整えること」です。

体系は、正しい順序で考えれば自然と立ち上がります。

最後に

教育体系の見直しとは、単なる研修内容の更新ではありません。

教育体系を見直すとは、企業が「これから先の未来に、どのような人材と組織で向き合うのか」を再定義する営みです。

体系を整えるという行為は、組織が自らの未来への覚悟を形にすることであり、その本質は「戦略」と「文化」の双方を動かす構造をつくることにあります。

本コラムで述べてきたように、教育体系を成功させる鍵は、手順の巧拙ではありません。重要なのは、「何を起点に置き、どの因果の流れを守るか」という原理原則です。

経営戦略から人材要件へ、そして現場の実態へ──この順序を外さない限り、体系には一貫性が生まれ、人材育成は戦略と同じ方向を向き始めます。

企業は人によってつくられ、人によって変わります。だからこそ、教育体系の整備は、組織にとって最も根源的で、最も投資価値の高い取り組みです。体系を通じて「どのような人を信じ、どのような未来を選ぶのか」という経営の意思が明確になれば、その意思は組織全体に伝播し、行動となって表れます。

教育体系は目的ではなく、未来を形にするための手段です。そして、その設計思想一つで、組織の10年先の姿は大きく変わります。

あなたの組織が、未来に向けてどのような人材を信じ、どのような成長曲線を描いていくのか。本コラムが、その第一歩を踏み出すための視座となれば幸いです。

考えを整理したい方へ

LEADCREATE NEWS LETTER

人事・人材開発部門の皆さまに、リーダー育成や組織開発に関するセミナー開催情報や事例など、実務のお役に立てるような情報を定期的にお届けします