経営人材を育成することは可能なのか?

2023.06.01(更新日:2024.04.01)

経営人材を育成することは可能なのか?

組織の管理職と経営者の違い

近年多くの企業が、次世代の経営を担う人材を育成するための教育機会を充実させています。一方で、従来の階層別教育の延長で捉えていることも多く、本当の意味での経営者育成に繋がっていないように映ります。具体的には、MBAに代表される経営リテラシーのインプットや、アクションラーニングによる自組織の課題解決、新規事業計画の立案などをOffJTで実施しているものの、十分な成果をあげているとは言い難い実情があるようです。当たり前のことではありますが、いくら有効なプログラムであったとしても、「研修だけ」で将来の経営を担える人材を育成することはできません。

そもそも、経営を担う人材には、どのような教育機会が必要なのでしょうか。キャリアを積む中において、従来の価値観や世界観を大きく書き換える4つのタイミングが存在します。

一つ目は学生から社会人になるタイミングであり、プロフェッショナルとしての自覚を持つことが求められます。二つ目はプレイヤーから管理職になるタイミングであり、組織成果の観点に意識や行動をアジャストさせることが求められます。三つ目は事業責任者になるタイミングであり、ビジネス創出や業績、組織づくりまでの責任を担うことになります。そして最後の四つ目が経営者になるタイミングです。

この経営者になる四つ目のタイミングは、これまでとは異質です。組織における最終責任者であり、後がない唯一無二の存在としての覚悟が問われます。多くの企業が後継者育成に苦労していることからも、事業責任者と経営者の間にある隔たりは、想像以上に大きなものがあると思われます。これは組織の大小に関わらず、経営者にだけ特に求められる資質なのかもしれません。株主や社員を含めた多様なステークホルダーと、その家族への影響までを含めた最後の決断を求められる立場であり、その結果は計り知れない範囲にまで及びます。法律上の責任はもちろんのこと、道義上の責任も強く問われる立場であると言えます。

スキルや知識がいくらあっても、この最終的な決断を下せるかどうかは別の資質なのだと考えます。まさに胆力の世界であり、ここを磨くためには相応の修羅場体験が必須なのだと痛感しています。

経営者に必要な特性(育み、見極めるべき指標案)

では、経営者に求められる特性とはどのようなものが考えられるでしょうか。本来的には、この観点を明確にした上でこそ、育成手段が意味のあるものに繋がるはずであり、後天的に磨きづらいものが多いという判断であれば、「育成」ではなく「探す・選ぶ」という選択にフォーカスするという考えも必要なのだと思います。いずれにせよ、経営者に求められる要素を洗い出すことが必要不可欠ですが、私たちのこれまでの経験から導き出されるものは、以下のようなものとなります。

まずは、「公の精神」です。多分に倫理的・道徳的な意味合いを含みますが、私利私欲や損得勘定で発想する人物が経営を担うことのリスクは想像できると思われます。多くの経営者が、歴史や過去の偉人から学びを得ることからも言えることですが、人としての正しさ、美意識などを常に心に抱き、磨き続けることは非常に重要なのだと考えます。

他には、志の高さ、先見的な視野、決断姿勢、倫理に基づく判断、経営感覚、自己演出力、度量、人を見抜く力などが挙げられます。これらは、私たちがご支援するクライアントの経営者と対話する中で語られたものでもあり、不思議なことに、どの経営者もほぼ同じことを語っていることが、より一層の重要性を物語っています。

経営人材に求められる8つの要件

経営人材として見極めるべきは、これらの特性の強さであり、総合的なリーダーとしてのプロフィールです。バランスが取れていることが優秀なのではなく、どこかの特性が劣っていることがNGという訳でもありません。幅広い知識と能力面の素養が備わっていることを前提に、これらの経営者としての特性の状態に鑑み、経営者候補を選出することが肝要です。また、選ばれる候補者の立場では、自身の特性に対する自己理解を促す仕掛けも重要であると考えます。

「いない」のが当たり前からスタートする

一方で、「そんな人物は我が社にいないですよ」という声もよく聞きます。例え数万人規模の企業であっても、なかなか存在しないというのが実態なのだと思います。だからこそ、「今はいない」という状態が普通であると考え直し、意味のある経営者育成へと舵を切るべきです。いないことを嘆いていても何も始まりません。10年のスパンで一人創出できれば良いという考えもある訳で、いつまでに、どれだけのプール人材を育成するのかを明確にすることがスタートになります。そして、「いないにはいないなりの理由」が必ず存在します。観方を変えれば、「いたはずのものが、いない状態になってしまっている可能性もある」ということにも真摯に向き合うべきだと考えます。

結局のところ、人事が思うようには育たないという達観した視点を持つことも重要です。これは社員の育成でも同様のことが言えますが、経営者についてはよりその傾向が強くなると思われます。最後の最後は本人の意欲と資質に寄るところが大きいのだと思いますが、「環境をつくること」はできるはずです。経営者に求められる特性が生まれた時から備わっている人物は稀であり、そのほとんどは経験によって磨かれるものであると考えます。最初から完成された人間は存在しないはずです。

しかし多くの企業は、この環境づくりの観点で「社員の意欲を削ぐことが得意」です。言葉を選ばずに言えば、「人事満足」に陥っていることが多いという印象です。これまでのやり方では経営人材は育成できないと頭では分かった上で、次世代リーダー研修を企画し、実行しているとも言えます。決して人事担当の皆さんを責める意図はありません。もし仮に、上述のような葛藤に陥っているのであれば、無駄なことはすぐにでも廃止するくらいの意思決定も重要なのだと考えます。

繰り返しになりますが、大切なことは、誰もが最初は「物足りない」ということです。歴代、そして現役の社長から見ると次世代の候補人材に不足感があるのは、自身が社長業を数年経験しているからこそ言えることであって、そこに立っていない以上は、基本的には誰もが物足りないものなのです。そこを補うことができる唯一の武器は「経験」であり、それ以外にはないといっても過言ではないのです。

経営における最大の投資

経営には様々な投資が為されます。その中でも、最も重要な投資は、次の経営を任せられる素養のある人材に対する「経験(失敗)」に投資することだと考えます。経営人材育成においては、この発想が圧倒的に不足しているという感想です。私たちのような外部の専門機関に支払うコストではなく、候補者の経験に投資している企業は稀です。ここで言う「経験」には、予算やポジションに加え、一定の時間という概念が加わります。経験投資をどれだけできるかが、経営者候補を育成するうえで非常に重要であると考えます。

ではなぜそれができない企業が多いのかということですが、エース候補の人材のキャリアを傷つけたくないという発想が未だに根強いのだと痛感します。怪我無く、大きな過失なく、「順調にキャリアを一直線で歩んできた人材」が社内評価として重要視される傾向があり、歴史のある大企業ほどそれは顕著です。過去においては、こういった考えも成立したのかもしれませんが、今後を考えるとこれは間違いだと断言します。そもそも、失敗のない挑戦は存在しません。「綺麗な経歴」とは、「挑戦のなかった経歴」とも言えます。むしろ、どれだけの失敗をしたかを経営人材の候補者選定の指標にしてもよいくらいです。

また、事業経営の観点では、当然ですが「失敗はできない(損失を被りたくない)」という側面も以前より強くなっています。経営的な余裕・余力のなさだけではなく、ESG経営が叫ばれ始めたとは言え、未だ短期業績で株主をはじめとする内外のステークホルダーから評価されることも影響しているのだと思われます。組織の継続的な発展を事業成長と人材育成の両側面から判断し、経営人材育成においては、少なくとも、PL責任を負う経験は早々に積ませるべきでしょう。

人への投資という考え方は、人材育成の観点で言えば「経験への投資」であり、経営人材を育成するためには必要不可欠なものであると考えます。

次世代経営人材育成の全体設計

ここからは、次世代経営人材育成の進め方についてのポイントを確認していきます。まずは何より、最終の成果責任者の明確化です。基本的には現在の経営トップがオーナーとなり、人事は実行責任を担うことになります。少なくとも、次の経営を担えそうな候補人材が思うように育成できていない責任を、人事に押し付けているようでは難しいでしょう。そういった観点では、経営トップのコミットメントを如何にして引き出すかが、人事の最重要ミッションであると言えます。

その次が、具体的な目標の明確化です。シンプルに、「いつまでに、どれだけのプール人材を形成するか」を決めることです。曖昧な目標では成果も定まらず、結果として的を射ない中途半端な取り組みに留まり、漠然とした不安だけが残ります。どの層から育成を着手し、経験投資の対象を誰がいつ選抜するのかを含めた大まかなプランを経営陣と握り、明文化しておくことが肝要です。特に、「誰に投資するかをどのように判断するか」は重要な論点であると考えます。

そのうえで、経験への投資を具体化させることです。どのようなポジションを与えるのか、どこまでの権限を付与するのかなど、組織外への出向を含めた武者修行の場を創出することに知恵を絞り、各署への交渉と調整をすることが大切です。そしてここまでは、外部のコンサルティング会社に高い費用を支払って依頼するものではなく、人事が旗を振って社内で推進していくべき内容であると考えます。

最後は育成手段の具体化の検討です。ここまで論じてきた通り、どれだけ秀逸なプログラムであったとしても、どれだけ優秀なコンサルタントを招聘したとしても、OffJTを軸にしてはいけません。あくまで経営人材の育成は、そこで求められる特性を磨くことであり、軸とすべきは実業での経験です。研修プログラムはそれを補完するものであり、研修を中心に添えて考えることはナンセンスです。そして何より、育成の対象が既に経営に近い層であればあるほど、「個人の主体的な学び」を前提に置くべきだと考えます。主体的な自己成長への意欲のない人を対象にすることは絶対にあってはなりません。

次世代経営人材育成の取り組みがうまくいっていない理由(ケーススタディ)

過保護なプロジェクト

全てにおいて何もかもをお膳立てしすぎているケースです。前例のない、何もないところに道を切り拓いていくことが経営者には求められるはずであり、すべてを与えすぎる取り組みは逆効果と言えます。対象となる方々は、より高位の役職者になるとは思いますが、勇気をもって適度に放置しましょう。

経営陣がコミットしていない

経営陣がまったくコミットしていないケースです。OffJTを中心とした取り組みでよくありがちな光景ですが、研修の最終局面で自社の課題を経営陣に向けて発表するという場面で、受講者を外野から評論している方々を見かけます。経営の当事者同士として本気の議論を行えるかどうかが重要です。巻き込むべき役員の人選も重要な要素であると考えます。

研修のみでどうにかしようとしている

OffJTの研修のみで終わってしまうケースです。当然、研修プログラムの効果を最大化することも重要ですが、経営候補人材の育成における枠組みにおいては、研修は一部であると考えるべきです。主軸は事業での経験であり、研修終了とともに日常に戻ってしまうようでは、せっかくの研修の気づきも限定されてしまいます。小さなことでも良いので、研修受講後の変化を予め設定しておくことが重要です。

選ばれた側に自覚と意欲がない

経営候補のプール人材に選出されたことへの自覚と意欲が伴っていないケースです。具体的な取り組みに進む前の段階で、本人としっかり面談を行い、会社からの期待や本人の意向を確認し合うなどの下準備が重要です。場合によっては、その話し合いの結果次第で候補者から外すことも検討すべきです。

まとめ

  • 経営人材の育成は、従来の階層別教育の延長で考えてはならない
  • 経営者に求められる特性を知るべき
  • 最も重要な「経験への投資」に対する解像度を高めることが重要
  • 経営人材育成の最終責任者である経営トップを如何にして巻き込むかが人事の最重要ミッション

この記事の著者

株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎

2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。

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