インバスケットとはどのような手法のツールなのか?~可能性と限界を知り、適切な活用範囲を考察する~

2024.06.14

 インバスケットとはどのような手法のツールなのか?~可能性と限界を知り、適切な活用範囲を考察する~

「インバスケット」という言葉は、人事に関わる人であれば一度は耳にしたことがある用語だと思われます。一方で、その構造や活用範囲については曖昧な理解であることも多く、場合によっては過去に自社の研修や登用試験等で導入したものの、今一つ使えないという印象を持っている方も少なくないと思います。

本コラムでは、インバスケットに対する誤解の解消を含めて、改めてその可能性や活用範囲について考察するとともに、各社の人事担当者の方々が、数多ある「インバスケット」の目利き力を養うための論点を提示したいと思います。

インバスケットとは何か

インバスケットとは、管理職の机の上の未決箱の中に入っている各種書類に対し、管理職になったつもりで、ある限られた時間内に処理することが求められるシミュレーションです。昔のような紙で作成された様々な書類上のアナログなものから、メールや各種コミュニケーションアプリ等による意思決定プロセス上の変化が進む中において、その本質を表現するならば、「未解決の事案に対する管理職としての意思決定が問われる演習」と言い換えられます。ヒト・モノ・カネ・情報等に関わる多岐に渡る複数の事案(10~20の未解決事案)が山積みとなっている状況の中で、管理職が直面しがちな現実的かつ日常的な意思決定が盛り込まれた内容で構成されています。

インバスケットは、受講者が取り組む判断過程から、管理職に求められる能力を引き出すことを目的に開発されています。置かれた状況を踏まえての指示や連絡という行動(言動)を誘発することによって、その内容や傾向から能力を測定することができます。そのため、多くの企業で管理職の初期教育や昇進昇格時の試験の一つとして導入される教育・評価ツールとして広く認知されています。

能力を引き出すための「条件」

「能力を引き出す」とは、傾向性(関心の向い先とその強さ)と効果性(できる度合い、水準)の両面を見極める必要があり、基本的には受講者の自由意志によるフリー回答が前提となります。各事案に対する回答の選択肢を設けるタイプのインバスケットも存在するようですが、能力を引き出すという観点では不十分と言えます。選択肢を提示するということは、「選択肢以外の判断があっても表現できない」という思考上の制約と、「自分では思いつかなかった選択ができる」という思考の誘導が為される可能性があるということです。よって、「能力を引き出す」という観点では、傾向性に偏った評価となり、効果性の測定が判別しづらいため、実際の職場でも同様の行動を取る可能性の高低といった予測の精度(再現性)が担保しきれず、アセスメントツールとしての使用はお勧めできません。

能力を引き出すための「環境」

また、能力を引き出すためには、一定の没入感が求められます。要は、管理職(組織の意思決定者)が遭遇するリアルな状況でなければならないということです。昔の管理職に比べて、意思決定の難易度は高度化・複雑化しており、上位方針に従って計画通りに確実な成果を上げるというものから、前例や正解のない領域の中での判断が求められるようになっています。昨今の管理職が置かれている境遇に合わせる形で、設定や内容も大きく進化していると言えるでしょう。

インバスケットに対する誤解

様々なタイプのインバスケットが開発される中、インバスケットそのものへの誤解が生じているように感じています。インバスケットがインバスケットであるための絶対的な基準のようはものは存在しないため、どれが正解かという議論は不毛ですが、「管理職としての物事の優先順位づけや、具体的な指示の仕方」というハウツーを学ぶものという狭義のものではありません。特に、アセスメントセンターの文脈で語られるインバスケットとは、能力を評価することが目的である以上、管理職としての将来のパフォーマンス予測を伴う評価ツールとしての信頼性が確保できていなくてはなりません。

なぜ異業界の設定なのか?

また、インバスケットを選定するにあたり、基本的には自社の業種・業態とは異なる業界が設定されたものを選択して進めることが主流です。これは、能力を引き出すために「敢えて経験則が通用しない状況を作っている」ことが理由です。昨今の管理職が置かれているリアルな状況は、まさに前例のない意思決定の連続です。この先はさらに不透明感は増していくと推察されます。そんな中でマネジメントを行っていくためには、「知っている状況での妥当な判断力」ではなく、未経験領域でどのような判断を下すかという思考プロセスを評価することが鍵となります。逆説的に言えば、経験則(知っている)で回答できてしまうものであっては、思考プロセスを経ずに回答に至るため、評価の信頼性が高まらないと言えます。

なぜ設定上の制約があるのか?

さらに、多くの伝統的なインバスケットは、設定上の制約として「誰とも連絡が取れない状況」になっています。これも、その場の自身の思考プロセスを引き出す設定として意図的に作られているものであり、「わからない中で、わからないなりに判断・決断すること」によって、未知な状況下での意思決定能力が引き出せるということです。実際のビジネスにおいても、すべての情報が揃うという状況の方が稀です。言い換えれば、すべての情報が揃った段階であればメンバーでも判断できる可能性が高く、管理職の介在価値はありません。よくわからない中での意思決定であることが重要であるという考え方です。

上記のようなインバスケットが持つ特有の設定や制約は、昨今のビジネス環境とのギャップという側面では没入感の観点で課題になりつつあります。一方で、「ある出来事に対する判断は、組織のリーダーには常に求めれるもの」であり、表面的なカタチは変わっていきながらも、その本質は変わらないものとして活用できるツールと言えます。

管理職登用における試験として活用されている背景

論を待たず、昨今のビジネスの多くは肉体労働から思考活動へとシフトしています。特に、組織を預かる管理職などの組織リーダーにおいては、思考活動のパフォーマンスが成果に与える影響が相対的に大きくなっています。

リーダーの判断が誤っていれば、組織の向かう先も誤ることとなり、例えメンバーの力があったとしても無駄になってしまいます。管理職に求められる判断の高度化や、専門領域の拡大などに鑑み、管理職登用の前には一定の思考能力・判断能力が伴っているかを評価する企業が増えています。

また、ある状況下のシミュレーションへの取り組みから管理職としての再現性の高い能力を測定するためには、3つの観点を捉える必要があります。

管理職登用時に見極めるべき「認知段階の傾向」

一つ目が「認知段階の傾向」です。自身の置かれた状況の何に着目し、どのような解釈をもとにして事態を把握するかという認知段階の頭の使い方です。情報や状況のインプット段階とも言える能力の傾向を捉えることが、未知な状況下において非常に重要となります。

管理職登用時に見極めるべき「解明段階の傾向」

二つ目が、得た情報の「解明段階の傾向」です。分析や発見、発想や連想、ゴール設定や理想の希求といった思考のスループット段階とも言える領域です。所謂、帰納法や演繹法などの論理思考の領域や仮説思考などが該当します。一次情報や個別情報をもとに、その背景にある何かを類推する能力の見極めは、問題解決を行う上での必須の能力特性であり、その重要性は高まっています。

管理職登用時に見極めるべき「表出段階の傾向」

三つ目が、自身の考えや判断結果における「表出段階の傾向」です。決める、表現する、指示するなど、第三者にわかる形式で自身の考えを表明する思考のアウトプット段階とも言える領域です。考察した結果をどのように結論づけ、誰に対してどのような指示を出すのかという思考能力の見極めは非常に重要です。いくらインプット段階とスループット段階に優れていても、ここの精度が低いと、意図する成果を導き出すことは適いません。

ここまで見てきたように、インバスケットへの取り組みによって、受講者の思考プロセスを診断できるかがポイントになります。同時に、「ある事案に何を書いたら正解」というものではないことが理解できると思われます。状況をどのように捉え、どのような思考過程を経て、何を指示・表現したのかを測定することで、思考スタイルの傾向が高い精度で判定できるようになります。その結果、管理職という未知の領域で、どのような思考を辿るかの予測が一定水準で担保できるため、管理職登用時の試験としてインバスケットが活用されているという背景があるのです。

インバスケット結果の評価方法(例)

本コラムにおいて、インバスケットの評価方法の全てを開示することはできませんが、どのような観点で評価をしているのかの一例を紹介したいと思います。

最初は、全体傾向から言える特性の把握です。処理量や処理の順番、指示の書きっぷりや連絡先など、全事案に対する回答傾向から言える特徴です。これらの情報から、意思決定における関心の向かい先や優先順位という大まかなプロフィールに加え、思考スピードなどの領域に対する情報を得ることができます。

次は個別事案への対応から言える特性の把握です。指示の内容や進め方、関係者へのアプローチなど、具体的な処理内容から言える特徴です。ただし、インバスケットは「正解を求めるテストではない」ため、書いてある内容そのものは「記号」という捉え方をします。その要約作業を進めることで、各事案に対して何を為そうとしたのかという思考の起点や想定ゴールが判別できたり、記述内容から状況の捉え方、多面性や多角性、推論や要点把握などの特性や水準に対する情報を得ることができたりします。

さらには関連性の把握などから言える特性の把握です。直接的に表記しているものもあれば、間接的に表現されているものを含めて、個々の事案だけではなく、相互の繋がりや組織全体の問題の捉え方など、大局的な視点や情報把握の幅などの能力水準に対する情報を得ることができます。

これらの情報を統合し、組織の管理職に求められる能力項目の定義に沿って、その傾向と水準をスコアリングしていきます。

ただし、インバスケット演習でカバーできる範囲は、「管理職の思考活動領域」の中でも、日常の意思決定場面での一側面から言えることに限定されるという点は留意しておくべきです。方針を立案したり、議論場面のような流動的な状況下で解を導いたりするなど、管理職が遭遇するすべての思考活動領域での発揮能力が測定できている訳ではありません。管理職登用試験の判断を行う際には、インバスケットだけではなく、様々な状況が設定された複合的な場面を組み合わせて評価しなければなりません。

さらには、管理職にはメンバー育成やチームマネジメントなど、「対人活動領域」も重要であり、管理職の適性を見極めるためには思考・対人両面の能力を備えておかなければなりません。昇進昇格の判定材料としてインバスケットを用いる場合は、面談演習などの他のシミュレーションとの組み合わせによって複合的に評価するアセスメント・センターで実施することを推奨しています。

まとめ

いかがだったでしょうか? 今回は、管理職登用時に取り入れられているインバスケット演習に焦点を当てて解説をしてまいりました。

記事の内容をざっと振り返ると、

  • インバスケットとは、「未解決の事案に対する管理職としての意思決定が問われるツール」である
  • 能力を引き出すためには一定の条件や環境が重要となる
  • 「正解を問うもの」ではなく、「思考のプロセスを測定するもの」である
  • 再現性の高い能力を測定できるツールが故に、管理職という将来の適性を予測することができる

といった内容でした。

この記事を読んだ方が、少しでも昇進昇格の仕組み構築についての理解を深める力になれましたら幸いです。 リードクリエイトでは、企業や組織の人事部門の方に向けて、リーダーの選抜と育成に関わるソリューションを提供しています。

  • 管理職層の昇進昇格のあり方について悩んでいる
  • 管理職候補者の育成プログラムを再考したいと考えている

といった問題意識やお悩みを抱えている方は、お問い合わせください。

この記事の著者

株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎

2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。

LEADCREATE NEWS LETTER

人事・人材開発部門の皆さまに、リーダー育成や組織開発に関するセミナー開催情報や事例など、実務のお役に立てるような情報を定期的にお届けします