アセスメントを活用したタレントマネジメントの要諦【考察】

2024.03.19

アセスメントを活用したタレントマネジメントの要諦【考察】

昨今、人的資本経営やジョブ型人事の実現に向けて、タレントマネジメントを効果的に実践するニーズが高まっています。様々なお客様と情報交換をする中で、情報プラットフォームの構築が手段として主流の印象を受けます。

本コラムでは、タレント情報の可視化・共有化に向けたIT的アプローチではなく、タレント発掘・育成に向けたアセスメント的アプローチから本テーマを考察していきます。

ヒューマニズムに立脚したアセスメント

「わたしは、いちばん、人間に興味があるんです。だから、もっともっと、これはと思う人事をやってみたい。」

『官僚たちの夏』(城山三郎著、新潮文庫)で、主人公の風越(通産省大臣官房秘書課長)は自らの人事観を熱く語ります。

「うちの役所には、ばらまくほどの予算があるわけでなし、許認可権もいまはたいして残って居りません。行政指導だけで業界をひっぱって行かねばなりませんが、それだけに、衝に当る役人の能力や個性が問題です。

(中略)

よほど魅力的な人間を見つけ育てて、適所に配置しないと、いつか、動きがとれなくなるんです。」

本書は昭和の高度経済成長期を舞台とした小説で、時代錯誤も甚だしいかも知れません。しかし、この粗野だが志高き男の言葉に色褪せない「人事の本質」が潜んでいる気がします。

具体的には、「衝に当る役人の能力や個性が問題」「魅力的な人間を見つけ育てて、適所に配置」は、まさに現代の「タレントマネジメント」を言い表しているのではないでしょうか。

また、「人間に興味がある」と語る主人公・風越からは、その根底にある「ヒューマニズム(人間主義)に立脚した物の見方」が窺えます。「ヒューマニズム」という言葉は多義的ですが、私はアセスメントという仕事と照らし合わせて、以下のように解釈しています。

ヒューマニズムに立脚したアセスメントとは

  1. 「世のため、人のため」を目的とする
  2. 「一人ひとりの個性・能力・可能性」に向き合う
  3. 「人と人のつながりや対話」を通じて納得解を導く

「人と人の間」で生きる存在としての「人間」という言葉があるように、特に3は、ヒューマニズムに不可欠な要素であると思います。我々のアセスメントの現場においても、アセッサー同士はさることながら、受講者・人事・上司との対話を大切にしています。

しかし、環境が変化する中で、これまでの良識や慣習を問い直す機会が増えています。具体的には、上記2に関して、クライアントの関心が「従業員の個性」よりも「従業員全体の傾向」にシフトしていないだろうか。

また、上記3に関して、「アセッサーとの対話」よりも「AIとの対話」が求められるようになっていないだろうか。学校運営で例えるならば、生徒個人の個性や能力よりも全体の大学進学実績が重視され、保護者や生徒との対話よりも学習管理アプリが重宝されるといった印象でしょうか。

環境変化とタレントマネジメントの試練

(1)何と向き合うか

タレントマネジメントで向き合う対象が「個人・中長期」よりも「全体・短期」に偏重しないかを懸念しています。背景には、人的資本経営やジョブ型人事の広がりがあります。人事の関心が、「従業員個々人の能力把握」よりも「投資家への全体説明」にシフトしている印象を受けるためです。

あくまで我々の経験則ですが、全体傾向の分析・改善に主目的を置く企業様は、アセスメント導入後の「飽き」が早いと感じています。理由は、全体の能力水準や傾向に変化が少ないからです。

物理の世界には、運動の現状を保持し続けようとする「慣性の法則」が存在します。同様に、長年の組織風土を通じて表出された「集団の行動結果」は2~3年で大きく変わりません。つまりは、変化が少ない領域に拘泥すると、目先の全体評価の改善自体が目的化しかねません。ならば、そもそも多種多様で「飽きにくい領域」――つまり、従業員の特性や能力、可能性に関心を振り向けられないか? またその前提として、ヒューマニズムに立脚したアセスメントの意義をクライアント企業の人事部門と我々の双方で共有できないものでしょうか。

(2)誰と対話するか

今後、タレントマネジメントのパートナーはAIになってしまうのでしょうか。

周知の通り、テクノロジーが飛躍的に進化し、AIの社会実装が広がっています。個人の社会的信用度をAIでスコア化し、与信等に活用する海外事例も生まれています。人事の領域でも例外ではありません。採用場面での「AI面接」やキャリア開発に向けた「AI助言」の活用事例も増えています。

これは、ある種の「ポスト・ヒューマニズム」といってもいいものかもしれません。こうした潮流が広がる中、否が応でも、「人が行う評価(アセスメント)は今後タレントマネジメントに貢献できるのか?」を問わざるを得ません。

リードクリエイトでは、2021年より株式会社ACESとアセスメントにおけるAI活用の可能性を研究しています。

詳細はレポートに記載の通りですが、現時点では表面的言動を指標化し、測定し、我々アセッサーの解釈を補助するという側面において有効性を確認できています。ただし、「言動が生まれた状況」「言動の動機」「言動が与えたインパクト」の解釈や判断の精度にはまだまだ課題が残ります。とはいえ、現在のAIの進化を鑑みると、「人間にしかできないことがある」という前提はすべて取り払った方が良いかも知れません。

但し、仮に評価の妥当性が担保できたとしても、AIの下した評価を受講者は納得して受け容れるのか。また、経営資源の要である「人」を機械的に評価することが、長期的な企業の成長・発展にどのような影響を与えるのか。

この点については、私たちの良識や慣習に固執しないことはもちろんですが、時代の濁流に飲み込まれないことも同じくらい大切です。改めて、AI時代における人間観という根源的な問いと対峙する覚悟が求められています。

まずはこれら3つの側面から現状を見直し、自社の改善点を洗い出すことが肝要であると考えます。

[提言]アセスメントを用いたタレントマネジメントの高度化に向けて

タレントマネジメントの本質は、いかに中核人材一人ひとりと向き合い、対話を通じてその可能性を見極めるか、にあります。詰まるところは「人」です。情報システムに魂を吹き込み、血流を細部にまでめぐらせる。本質を掴み、AIやデータを補助的に使いこなす。「マンパワー的にも能力的にも難しい。」そんな声がクライアントから聞こえてきそうですが、本当にそうでしょうか。

私は定年後の嘱託シニアに着目します。法改正に伴い、働くシニアが増えています。労働供給力が先細りする中、今後ボリューム層となり得るシニアの活用が会社経営の命運を握るといっても過言ではありません。そのような嘱託シニアの中でも、育成に定評がある人材を選び、タレントマネジメントコーチを任せる。さしずめ、HRBPになぞらえて、HRGC(Genba Coach)といったところでしょうか。既にスポーツマネジメントの世界では、監督(管理職)とコーチ(発掘・育成担当)の分業は成立しています。試してみる価値はありそうです。

リーダー候補一人ひとりの個性・能力と真剣に向き合う「シニア風越」(?)たちと膝を突き合わせて話し合う。そんな委員会でありサロンという環境整備を含めて、協創型リーダーのパイプラインを築けると素晴らしいと考えます。
乱筆乱文ではございますが、最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 

この記事の著者

株式会社リードクリエイト
チーフコンサルタント
橘 和宏

事業会社や教育会社、コンサルティング会社を経て、リードクリエイトに参画。「価値創造を通じたより良い社会」をつくるリーダーの発掘・育成をモットーに、コンサルタントとして現場で活動中。

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