企業の人事担当者、特に育成担当者にとって、「研修後の行動変容を如何にして誘発するか」は極めて重要なテーマです。研修という非日常での学びを、日常である職場において実践し、その効果を高めなければ、研修の意義そのものが問われることになります。
本コラムでは、研修終了時、もしくは終了後に作成する「アクションプラン」がなぜ実行されないのかを考察し、効果的な対策を講じるためのヒントを提供します。
アクションプランとは何か
アクションプランは、学びを具体的な行動に移すことを期待するものであり、「頑張る」という一時の意欲だけでは継続的な行動に移せないため、より具体的な成果に繋がるものへと解像度を高めることが重要です。一方で、目的や目標のない行動ほど無意味なものはありません。基本的には、目指す状態や期日などを設定し、バックキャスト思考によって明日からの「粒の小さなアクション」に落とし込むというアプローチが一般的です。これにより、学んだ知識やスキルを実際の業務に活かし、組織全体のパフォーマンス向上に寄与することが期待されます。
アクションという言葉の意味は「動作」や「活動」です。そのため、多くの人は「新たに取り組むこと」にフォーカスしがちです。しかし、「行動しないという行動」もアクションと捉えることができ、要は「やらないこと」「やめること」を合わせて洗い出すことが重要です。人間のキャパシティの観点からも、何かを捨てることが初めにあって、その後に加えるという順序を踏まないと、単なるプラスアルファのみとなるため、行動に移せないことが多いと言えます。従って、アクションプランを以下の三つの観点に分けて整理することが重要です。
- 新たに始めること
- やめること、やらないこと
- 継続して続けること
特に、2と3を明確にすることが「行動に移せるかどうかの鍵を握る」と言えます。
なぜアクションプランは実行されないのか?
それでも多くの場合、いくら研修での学びが大きくとも、「アクションプランが実行されない」ケースがほとんどです。これはなぜなのでしょうか。一般的には、本人のモチベーションの継続の問題や、上司や組織のサポート不足、業務の優先順位の問題、関係者からのフィードバックや評価の欠如など、「本人に起因するもの」か「取り巻く環境に起因するもの」に分類できます。
≪ 本人に起因するもの ≫
- モチベーションの低下
研修直後はモチベーションが高くても、日常業務に戻るとその熱意が冷めてしまうことが多いです。「明日からやろう!」と決めたことが為されない経験は誰しもあるのではないでしょうか。 - 具体性の不足
アクションプランが漠然としている場合、具体的な行動に移すことが難しくなります。明確な目標設定がないと、どのように行動すれば良いかが分からなくなります。 - 業務の優先順位
日常業務が多忙で、アクションプランの実行が後回しになりがちです。換言すれば「優先順位が低い」ということですが、緊急性の低い重要な取り組みであるほど、この影響が大きくなります。自身の業務全体の再設計をセットで考える必要があります。
≪ 取り巻く環境に起因するもの ≫
- サポート不足
上司や同僚からのサポートが不足していると、計画を実行するためのモチベーションが維持できません。心理面を含めた後押しが初動においては特に重要です。 - 評価とフィードバックの欠如
定期的な評価やフィードバックがないと、進捗を確認し、必要な改善を行うことができません。すぐに成果が出るものばかりではないため、行動のプロセスに対する適時・的確なフィードバックが重要です。 - リソースの不足
時間や人手、予算といったリソースが不足している場合、計画を実行することが困難になります。自分でコントロールできない領域が多いほど、行動に移せない状況に陥りがちです。
上記に挙げた主たる原因を取り除くことは重要ですが、「継続的な行動」という観点では十分とは言えません。なぜなら、人間は本人の意欲や環境以外からも、自身の行動を制限されてしまうからです。そしてその最も大きな要素は「習慣」です。
「習慣」に着目したアプローチの重要性
習慣のメカニズムに着目する
ここで着目したいのは「習慣」のメカニズムです。習慣とは、繰り返し行うことで自動的に行われるようになる行動や行動パターンのことを指します。習慣は、意識的な努力や意志をあまり必要とせずに自然に行われるようになるため、日常生活や仕事において重要な役割を果たします。特に注目すべきは、「意識的な努力や意志をあまり必要とせず」という点です。誰もが何らかの習慣を持っていますが、行動変容を考える上では、習慣化させることへのエネルギーを最大化することが重要です。
例えば、転職や転勤などによって勤務場所が変わる場合を思い浮かべてください。朝の出発時刻、交通機関のルート、駅からオフィスまでの道のりなど、最初は慣れない中で多方面に意識を向ける必要がありました。しかし、その経験を繰り返すことで、ほぼ無意識で通勤できるようになったはずです。その結果、スマートフォンを見ながら、家庭や仕事のことに思いを巡らせながら、気がついたら自席に到着していたというのが、まさに無意識の習慣の力です。
習慣の形成要素
習慣は、以下の三つの要素によって形成されます。
- トリガー(きっかけ)
習慣的な行動を引き起こす特定の状況や出来事です。例えば、朝起きたらコーヒーを淹れる、仕事を始める前に机を整理するなどです。 - ルーチン(行動)
トリガーによって引き起こされる具体的な行動です。これが実際に行われる行動そのものです。 - 報酬
行動が終わった後に得られる満足感や報酬です。報酬があることで、その行動を繰り返す動機が強化され、習慣が形成されやすくなります。
この三つの要素を「アクションプラン」の観点から考えると、多くの場合、トリガーの要素が抜けていることが分かります。言い換えるなら、「環境」という視点です。人間は必ずしも強い精神を持っているとは限らず、むしろ誘惑や惰性という心の弱さと戦い続ける生き物とも言えます。そう考えると、どのような環境に身を置くかが重要であり、「やらざるを得ない状況」を特定することが習慣化のポイントになると言えるのではないでしょうか。
「習慣的な行動」を誘発するための環境設定
環境とは、周囲を取り巻く状態や世界です。これを「物理的な環境」「機能的な環境」「役割の環境」に分けて考えてみましょう。
ある特定の場所といった物理的な環境です。敢えてそこに行く(行かない)ことによってトリガーを誘発することができます。例えば、特定の会議室でのみ重要なプロジェクトのミーティングを行うことで、その場がトリガーとなり、集中力が高まります。
あるプロジェクトにメンバーとして参加するなどの機能としての環境です。その機能を満たす上での義務を担うことが、行動に移すためのトリガーになります。例えば、新しいプロジェクトチームに参加することで、その役割が新たな行動を促します。
管理職やリーダーなどの何らかの役割としての環境です。その役割を果たすための行為そのものがトリガーになります。例えば、リーダーとしての役割を果たすために定期的な報告会を開催することが、自然と行動を促します。
ここまで見てきたように、研修後のアクションプランが実行されない理由には、本人の意欲の問題や環境要因が複雑に絡まり、「実施できない理由」として正当化されていきます。そのため、自動的・強制的に行動のスイッチを入れる場に身を置き、その繰り返しの中で「意識的な努力や意志をあまり必要としない行動パターン(習慣)」を創り上げることが重要です。
現在運用しているアクションプランシートを見直す際、この「習慣の力」に着眼し、習慣化までのプロセスに重要な役割を果たす「環境設定」の視点を盛り込んでみてください。
まとめ
- 「やらないこと」「やめること」もアクションである
- プランを実行するためには「習慣のメカニズム」に着目することは有効
- 新たな習慣を身につけるための「環境」に身を置くことが重要
いかがだったでしょうか?今回は、多くの研修において導入されている「アクションプランシート」に焦点を当てて解説をしました。
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この記事の著者
株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎
2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。
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