人的資本経営で求められるプロフェッショナル人材の育成【考察】

2022.10.24(更新日:2024.04.01)

人的資本経営を社員の側面から考察する

人的資本経営に対する関心は、日本企業全体がグローバル競争の中で生き残っていくための指針となる考え方の一つとして、特に人事部門としては情報開示に向けた実務面への不安も相まって大いに高まっています。人的資本経営の思想は、人材を資源ではなく資本として捉えることを前提とした、人への投資を経営上の重要指標に置くという考え方です。一方で、経営や人事の側面から論じられることが多いものの、その思想との親和性が高いジョブ型人事制度を含め、そこで働く社員の立場で、この大いなる変化がもたらす影響が論じられることは未だ少数です。

企業の生き残りをかけ、多くの企業がジョブ型人事制度へとシフトしていく中、スキルアップやキャリア形成など、働く社員一人ひとりの責任領域は拡大していきます。実質的な「就社」から真の「就職」へとマインドセットする必要があり、換言すると雇用のあり方が根底から崩れることを意味しています。極論、安定的な雇用は約束されないものへとシフトし、一人ひとりの真の自立と、プロフェッショナルとしての価値提供が強く求められる時代へと突入していくことになるのです。個よりも和、短期よりも長期、結果よりもプロセスという、これまで働くうえで大切なものとされてきたことが、今後は「個人の短期的な成果」がより強く求められる環境に身を置かざるを得なくなったということです。この変化は、実力のある人材にとっては報酬面を含めてチャンスが広がる反面、弱者にとっては過酷な環境になる可能性が高く、向かう先は人材の二極化です。

人的資本経営の思想は、これらジョブ型人事制度の負の側面を補う面もあり、社会全体が一体となって日本国内の人材価値を高めていこうという壮大な取り組みであると言えます。一部の企業、一部の人材だけが活躍する社会ではなく、リスキル・リカレントという言葉の通り、学び直し、生涯を通じて成長し続けることを社会的な取り組みとして実行していこうという大きなメッセージです。そのため、企業とそこで働く個人の双方が共有すべきは、「従来の延長線上には組織も個人も発展はない」という事実を受け入れることであり、挑戦的に新たな社会、新たな雇用のあり方を共に模索・追求していくという新しい信頼関係づくりが重要になります。

人材育成の本質は未来への投資

人的資本経営というキーワードが出たことで、人材は資源ではなく資本であるという考え方が提示されました。一方で、多くの経営者や人事担当者、多くの日本人にとっては、至極当然の思想であるという感想を抱いた方も多かったのではないでしょうか。欧米企業と対比すると、株主よりも従業員を重視してきた姿勢は、まさに人材を最上位に置く経営姿勢であったはずで、雇用への安心感がもたらす会社と個人の信頼関係がベースとなり、さまざまな人事施策へと繋がっていました。

人材育成においても、業務に直結する知識やスキル教育だけではなく、人との関係性や総合的な思考力など、汎用性の高いある種の「社会人としての人格形成」とも言える領域の教育に多大なるエネルギーを注いできたのが実態です。視点は常に短期よりも長期であり、人材に対する教育という投資行為は、日本企業の風土として未だ備わっているはずです。

今後、人的資本に関する情報開示として、社員への教育投資とその効果を定量的に表す項目が重要視されることになると思われます。未来に向けて、誰にどのような投資を行うか。この軸を明確に持つことが重要です。短期思考に陥りがちな現場の育成に対するエネルギーは、成果の出やすい職務に必要なテクニカルなスキル領域により強く偏るはずです。人事の人材育成部門こそ、より長期視点・全社視点で取り組むことが肝要であり、開発に相応の時間とエネルギーがかかるリーダー教育こそ、経営と一体になって最大のエネルギーを投資すべき領域であると考えます。

社員一人ひとりが持つべきキャリア形成上のマインド

社員一人ひとりが持つべきマインドは、一言で言えば自立性ですが、依存姿勢からの脱却は容易ではありません。なぜなら多くの社員は、幼少期からの学校教育において、学びに対する受動的姿勢が習慣化されており、社会人になってからも会社や人事が整えてくれた場で「仕方なく学ぶ」という人が多いのが実情です。これは社員だけの問題ではなく、経営や人事、そして研修提供会社や講師側の責任でもあり、構造的に根深い問題でもあります。

世の中の潮流と、それに伴う働き方の変化は、頭では理解しているものの、習慣化された思考や行動を変えるためには膨大なエネルギーを注ぐ必要があります。そのため、キャリア自立の名のもとに、あくまで自己責任で能力開発を行うというメッセージを送ったとしても、変化を起こすことは困難です。経営方針と合わせて、社員にどのような期待をしているのか、社員一人ひとりにどのようなビジネス人生を歩んでほしいのかという期待や展望を、しっかりと伝えることが重要です。

求められるプロフェッショナル人材

人的資本経営とは、人材の価値を高めることが組織発展の鍵となるという考え方がベースであり、社員の立場から見れば、自身が価値提供し続けられる人材へと成長していかなければなりません。求められることは、一人ひとりのプロフェッショナルとしての自覚であり、ビジネスパーソンとしての真の自立です。

プロフェッショナルとは、高い専門性と物事に向き合う姿勢によって形成されます。前者は、業種や職種ごとに求められるスキルやテクニックであり、希少性の高さや提供価値の大きさが問われます。誰でもすぐに習得できるものには価値がないため、専門性の選択と習得への自己投資が重要です。また、後者の姿勢については、専門性の習熟度とは別の次元です。力はあるが発揮しない、成果にコミットしない、中途半端という状態では、信頼を得ることはできません。プロフェッショナルとしてのプライドと高い倫理観を持つことが重要です。

また、あらゆる仕事の本質は他者との交流の中にあります。どういう立ち位置で物事に向き合うか。何を自分が解決すべき問題として捉えるのか。こういった関わり方の違いの積み重ねが、物事へのコミットメントを生み、大いなる飛躍を遂げられるかどうかの分岐点となります。自分は何のために働くのか。社会や周囲に対してどのような貢献をしていくのか。このような働くうえでの基軸を持つことが自立であり、成長には欠かせない要素です。

今後、人事の育成部門が担う役割は、社員一人ひとりのプロフェッショナルへの成長支援であり、自立に向けたサポートです。自立的に自己を磨き、組織や社会に貢献していくことができる人材へと成長していくための機会を、人材育成の起点に置くことが重要であると考えます。

 

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この記事の著者

株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎

2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。

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