タレントマネジメントシステムを導入しても解決できない本質的な問題【考察】

2022.10.03(更新日:2024.04.01)

均質・同質化から個別・多様化への転換

タレントマネジメントとは、一人ひとりの社員が保有している知識、能力、スキル、経験などの情報を育成や配置などに活用することで、組織の発展や成長に繋げていく人材マネジメントの考え方です。2010年頃に日本企業でも論じられるようになり、それを実現するシステムも開発されたことで、ここ数年で人事担当者の常用語として使われるようになりました。すでにタレントマネジメントシステムを導入し、運用している企業も多い反面、本来的な目的の達成までには至っていないという相談を受けることも多く、まだまだ発展途上にあると言えます。

そもそも、上記の定義に沿って考えれば、社員が持っている適性を経営に活かすという、至極当たり前の考え方ではあるにも関わらず、日本企業において今一つ機能していない理由は、前提にある考え方の違いを理解しないまま、ハード面だけを新たな仕組みとして運用しているからであると考えます。これまでの多くの日本企業の人材マネジメントの根底思想を表現すれば、「均質・同質化」です。新卒一括採用にはじまり、年功に近い形で運用される等級資格や報酬、階層別教育に代表される年次や社歴といった横ぐし発想の人事施策には、公平・平等という名のもと、個よりも和に重きを置いた組織運営が基本です。一方、タレントマネジメントの基本思想は、個性の最大活用です。少なくとも、現在の経営陣や人事担当者の多くは、学校教育の段階から均質さや同質化を強く求められてきたという背景もあり、無意識・無自覚な面も含めて、個性を活かすというタレントマネジメントの本質を受け入れられない可能性があるということです。まずは、この思想の転換という気づきを持つことが起点になります。

組織を発展に導く2種類のタレント人材

タレントマネジメントの基本は、タレントの定義です。タレントとは「才能」という意味と、「才能を持つ人」という意味の二つがありますが、タレントマネジメントの文脈では、組織発展に寄与する有能な人材を定義とします。

また、有能な人材も定義が様々ですが、技術革新などの観点から業界そのものを変革していくようなイノベーティブな人材と、組織に変革をもたらすリーダー人材が挙げられます。これらの才能は似て非なるものであり、両方を高水準で兼ね備えたスーパーマンは、そもそも組織人ではない可能性が高いものと思われます。重要なことは、タレントとは何か、どのような人物で、どのような才能を持っているのかという明確な定義であり、その定義を前提としたときに、どのようなマネジメントを行うかという経営・人事のスタンスです。

まず、そもそも上記のような人材がどの程度存在するかということに冷静に向き合うことが必要です。タレントマネジメントの考え方は重要である反面、理想とのギャップで実際に頭を悩ませている問題は、「組織にいるけど見つけられない、活用しきれていない」というものではなく、むしろ「そもそも組織にいない、足りない」という方が実態なのだと思います。そのような状態で機能をフル活用して闇雲にデータを収集し、いくら綺麗に可視化したとしても、そもそもの目的である「組織の発展や成長に導く人材」が量も質も不足しているのであれば、根本的な問題の解決には繋がりません。

大切なことは、タレントの素養も持った人材が集まる、タレントに必要な能力が育まれる、タレントが活躍できる組織づくりです。同時に、一部のタレントを探す行為にエネルギーを注ぐのではなく、「普通の人たちの力で発展する」という視点に立脚した経営を追求することも重要です。なぜなら、どの会社も求めるようなタレント人材は、世の中には一握りしか存在しないはずであり、むしろ現実的なのは、普通の人が最大限の力を発揮し、個人と組織の持続的な成長を実現させることであると考えます。

経営や人事が収集すべきデータの種類と価値

システムの機能を利用することで、様々なデータを収集することができます。当然、目的に適った重要な情報を如何に高精度かつ効率的に収集するかがポイントですが、信頼性の高い重要な情報ほど簡単には集められないはずです。もしそれが容易なのであれば、そもそも大規模なシステムを導入する必要はないはずだからです。

収集が難しい原因は、大きく2つあります。一つは、本当に欲しいデータほど指標化しづらい領域であるという点。もう一つは、指標化できたとしてもデータの信憑性を確保できにくいという点です。前述のイノベーティブ人材やリーダー人材の素養は、長期間の取り組みの結果として有能さが判明するものでもあり、かつ成功までの変動要素が複雑に絡み合っているため、再現性を保証することが困難な領域でもあります。また、特に若手社員の場合、素養を持った人材が現段階では役割や責任を付与されていないことも多いため、「結果」のないものを上司などの第三者が評価しづらく、指標を数値化する手段を自己評価に委ねてしまうと、信頼性のあるデータとは言えない水準となってしまいます。簡単に収集できる数値化しやすいデータはむしろ不要で、真に収集すべきデータにフォーカスすることが重要です。

では、経営や人事が収集すべきデータとはどのようなものでしょうか。まず一つ挙げられるのは、専門性です。専門性を測る指標は多岐に渡り、各社の業種や業態、職種によっても様々ですが、事業の中で競合との優位性を形成している専門分野の観点で、どの程度のスペシャリティがあるかを可視化することです。その際には、どのようなプロジェクトを経験したかという曖昧なものではなく、「自分に何がどの程度できるか」を問うことで、領域と水準に客観性を持たせることが重要です。

二つ目に挙げられるのは、能力や指向性の側面です。スペシャリティがPCでいうアプリケーションとすれば、OSに該当するのがこの領域です。特に経営を担うマネジメントの領域においては、リーダーとしての素養を把握することが重要です。但し、これは上述の通り、若手社員ほど「いまの職責では発揮できない領域」であるため、信頼性の高いデータの収集が困難です。あるタイミングで、リーダーシップやマネジメントに関する適性を測定するなど、客観的なポテンシャルデータを蓄積する工夫が必要となります。

人事がグリップすべき情報

ここまで述べてきたとおり、タレントマネジメントの本質的な問題は、「探せない」でなく、そもそも「いない、足りない」という観点であり、如何にして良質なタレントの母集団を形成するかが鍵になります。その前提は、均質・同質化という従来の人事施策の根底思想を自覚したうえで、個別・多様化へと人材マネジメントの機能全体をシフトしていくことにあります。その向かう先の一つが、ジョブ型人事制度になるはずですが、これが意味するところは、これまで人事がグリップしてきた領域を現場に移管するという発想です。情報収集の責任主体は人事ではなく現場や本人であり、育成の責任主体も同様です。しかし、専門性の領域は育成の面でも評価の面でも現場が主体となることへの親和性が高い反面、経営を担うリーダーシップ開発の観点では、全社の視点を持っている人事部門こそがグリップしていく必要があります。早期のタイミングから、社員が持っているリーダーとしての資質を見極めること。そして、経営的な視座に立って、組織のリーダーというタレントを中長期の視点で育んでいくことが肝要です。

 

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この記事の著者

株式会社リードクリエイト 常務取締役 菅 桂次郎

2003年7月よりリードクリエイトに参画。人材マネジメント全般に関わるコンサルティング営業を経て、2014年よりアセスメントサービス全般の開発から品質マネジメントを中心に、リーダー適性を見極めるアセスメントプログラムの進化を目指して活動を展開中。

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