AI時代にリーダーは何を担うのか?ATD26基調講演から見えたリーダーシップの再定義

2026.07.16

コラム|AI時代にリーダーは何を担うのか?ATD26基調講演から見えたリーダーシップの再定義|株式会社リードクリエイト

この記事の著者

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株式会社リードクリエイト
プリンシパルコンサルタント
吉田 芳

大手生命保険会社にて営業所長、自動車関連メーカーにて経営企画ならびにHR領域の責任者等を歴任したのち、2016年リードクリエイトに入社。以来、アセスメント研修の講師・アセッサーとして、リーダー人材の評価・育成・選抜に従事し、年間1000名以上、累計6000名以上のアセスメントに携わる。受講者のコンピテンシー評価に加え、行動原理やリーダーとしての特長、成長課題などを見極め、受講者一人ひとりへのフィードバックや顧客への提言に反映している。現在は、リードアセッサーとしてアセスメント全体の評価品質を担保するとともに顧客への最終報告・提言等を担う。また、アセッサーの育成責任者として、評価品質の向上に取り組んでいる。

はじめに

atd26-06ATD 2026 International Conference & EXPO、いわゆるATD26が閉幕しました。2026年5月17日から20日までの4日間、ロサンゼルス・コンベンションセンターで開催された、人材開発・組織開発領域における世界最大級の国際カンファレンスです。

今回のテーマは “Embrace Disruption. Direct the Future.”。破壊的変化を受け入れ、未来を主導する。まさにAI時代の人材開発を象徴するテーマだったと言えます。

その中で私が得た最大の気づきは、AIによってリーダーの役割が薄れるのではなく、むしろ人間のリーダーにしか担えない役割が鮮明になった、ということです。AIはリーダーの仕事の一部を補完し、場合によっては代替していくでしょう。しかし、何を目的とするのか、何を守るのか、誰の力をどう引き出すのかという判断は、人間の側に残ります。

本記事では、まずATD26全体を通じて感じた「問い」の変化を整理します。次に、Main Stageに選ばれた4組のKeynote Speaker(基調講演者)、すなわちFreestyle+、Zack Kass氏、Will Guidara氏、Liz Wiseman氏の講演を、「AI時代のリーダーシップ」という観点から読み解きます。

さらに、これらの講演が一つのストーリーとしてどのように接続していたのかを見たうえで、AI時代だからこそリーダーに求められる役割と能力がどのように浮かび上がるのかを考察します。

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1. ATD26で感じた「問い」の変化─「AIをどう使うか」から「AI時代に人間は何を担うか」へ

長く人材開発の仕事に携わりながら、ATDのカンファレンスにリアルで参加するのは今回が初めてでした。人材開発分野における最先端のツールやノウハウ、世界各国から集まった参加者との交流、EXPOで出会った数々のソリューション。そのどれもが刺激的でした。

一方で、このような国際カンファレンスのあり方そのものが変わりつつある、という話も耳にしました。日本からの参加者は187名とされ、北米以外からの参加者数では世界1位だったと報告されています。全体の参加者数については、昨年よりやや減少したとの見方もありました。オンラインで学べる環境が整ったことに加え、近年の世界情勢や物価高の影響もあり、米国へ渡航することに対する心理的抵抗が高まっているなど、その要因は複合的です。

それでもやはり、リアルタイムに同じ場で、直接見聞きすることの意味は大きいと実感しています。最も印象に残ったのは、カンファレンス全体を貫く「問い」の変化でした。それは、「AIをどう使うか」から、「AI時代に人間は何を担うのか」への変化です。

もちろん、ATD26でもAIは随所に登場していました。参加者向けのアプリには、リアルタイム文字起こしや多言語翻訳、即時要約に近い機能が組み込まれ、英語が母語でない参加者でもセッション内容を追いやすい環境が整えられていました。カンファレンスそのものが、AIによって学習機会を拡張していたと言えるでしょう。

しかし、議論の主題として捉えると、「AIによって何がどう便利になるか」は、すでに中心的な論点ではなくなりつつありました。コンカレントセッションでも、タイトルに “in the Age of AI” という文言を冠したもの、言い換えれば「AI時代の○○のあり方」を問うものが数多く見られたのが印象的でした。

AIによって多くのことが便利になったからこそ、「人間にできること」「人間がすべきこと」が改めて問われている。これが、今回のATD26で私が最も強く受け取ったメッセージです。

2. Keynote Speakerの人選そのものが一つのメッセージだった

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今回のMain Stageには、4組のKeynote Speakerが日替わりで登壇しました。

DAY 基調講演者
初日 Freestyle+
2日目 Zack Kass氏(元OpenAI Head of Go-to-Market)
3日目 Will Guidara氏(『Unreasonable Hospitality』の著者)
最終日 Liz Wiseman氏(『Multipliers』の著者)

この人選そのものに、私は非常に大きな意味を感じました。もしAIの専門家だけが基調講演に選ばれていたなら、ATD26のメッセージは「AI活用の最前線」と受け止めていたかもしれません。

実際、つい最近までAIの事業活用の最前線に身を置いていたKass氏の講演は、カンファレンス全体の中でもひときわ大きな注目を集めていたように思います。

しかし実際にMain Stageに立ったのは、即興と遊びを通じて人が挑戦できる場をつくるFreestyle+、人とのつながりを競争優位にまで高めたGuidara氏、不確実性の中で人が力を発揮する条件を研究してきたWiseman氏でした。

つまりATD26の基調講演は、徹底して「AIの時代だからこそ光を放つ人間の力」を再発見する場でもあったのです。

そして何より、AIを熟知するKass氏こそが、「人の可能性」について最も力強く語っていたことが印象的でした。

4組の基調講演は、それぞれ別のテーマを扱っているようでいて、結果として一つのストーリーを形づくっていました。

  • まず人が挑戦できる場をつくる
  • 次に、AI時代に人間が何を担うべきかを問う
  • その具体例として、関係性を競争優位に変えた組織づくりを見る
  • 最後に、不確実性の中で人の力を増幅させるリーダーシップを考える

この流れは、AI時代のリーダー像を立体的に浮かび上がらせるものでした。

 

3.まず「試せる場」をつくる──Freestyle+(AI時代のリーダーに求められる役割①)

3-1. 巨大な会場を、挑戦の場に変えた体験

カンファレンス初日のMain Stageは、Freestyle+による “The unKeynote” でした。Freestyle+は、ブロードウェイで活躍するパフォーマー、TED Talk登壇者、企業向けコーチなどで構成され、即興や遊びを通じてチームの可能性を引き出す学習体験を設計するグループです。

シンガー、ラッパー、ヒューマンビートボクサーとしての圧倒的なスキルを持つ彼らのステージは、一般的な「講演」というより「公演」に近いものでしたが、同時に、参加者自身が声を出し、反応し、即興的に関わる体験型のセッションでもありました。

Main Stageが設置されたロサンゼルス・コンベンションセンターのWest Hallは、シアター形式で最大1万5000人を収容できる巨大なホールです。そのような場所・規模であっても、聴衆を巻き込み、高揚感のある空間をつくり上げる彼らのパフォーマンスは圧巻でした。気がつけば私自身も大きな声を出し、近くに座っていた初対面の人々と拙い英語でワークに興じていました。

そこで示されていたのは、「完璧にできること」よりも、「まずやってみること」の重要性です。世界的なパフォーマーであっても、舞台に立つ前には怖さを感じる。それでも、怖いまま出ていく。舞台に出ることでしか得られないことがある。だからこそ、うまくやることよりも、試すこと、場に出ること、参加することが大切だ、というメッセージでした。

3-2. AI導入は、技術課題である前に心理的安全性の課題である

このメッセージは、AI導入にもそのまま重なります。Freestyle+は、AI adoptionの障壁を、ツールの使い方そのものではなく、同僚の前で使い方を間違えることへの恐れだと捉えていました。AI導入は、技術課題である以前に、マインドセットの課題であり、心理的安全性の課題でもある。だからこそリーダーに求められるのは、「正しく使え」と指示することだけではなく、「失敗してもよい」「まず試してみよう」と誰もが言える場をつくることです。

3-3. BOLDが示す、不確実性への耐性

彼らは、不確実性に耐える力をBOLDという枠組みで表現していました。

Bravery      勇気

Optimism  楽観

Listening   傾聴

Discovery  発見

不確実性に耐える力は、個人の精神論ではなく、チームとして育てることができる。AI時代のリーダーシップは、技術導入の前に、人が試せる土壌を整えることから始まるのだと思います。

なお、彼らのステージパフォーマンスは、そのスキルの高さや場づくりの巧みさに目を奪われがちですが、実は学術的な理論に基づいて設計されています。

楽しくポジティブな状態が高い成果につながること、遊び心と即興性が創造的な変革を生み出すことを、神経科学は示しています。

そのメカニズムを、一定の盛り上がりを見せた後に解説されると、その場にいた私たちは思わず納得してしまいます。今まさに自分自身が、その場でそれを体感していたわけですから。研修講師として受講者の前にも立つ身としては、あまりにも学びの多いステージでした。

今思えば、私が翌日以降に参加したコンカレントセッションで、不得手な英語で周囲と積極的にコミュニケーションできたのは、初日にこのステージがあったからでしょう。これは、学習や変革における「場づくり」の力を、私自身が身をもって理解した経験でした。

4. AIは絵筆にすぎない。何を描くかは人間が決める──Zack Kass氏(AI時代のリーダーに求められる役割②)

4-1. AIは物語の主役ではない

2日目のKeynote SpeakerはZack Kass氏でした。元OpenAI Head of Go-to-MarketとしてAIの最前線にいた人物が語った中心メッセージは、意外なほど人間的でした。

象徴的だったのは、AI is the brush. Human potential is the masterpiece. という表現です。直訳すると「AIは筆であり、人間の可能性こそが傑作である」となりますが、私は「AIは道具にすぎない。これを用いて人間が何を創り、どう導くのか。何を価値あるものとして守るのか。それこそが大事なのだ」というメッセージだと受け取りました。

4-2. “automation boundary”という価値観の問い

資料作成、要約、分析、翻訳、検索、提案など、多くの知的作業をAIが代替できるようになったいま、リーダーは “automation boundary”、すなわち「何をAIに任せ、何を人間が担うのか」という問いを突きつけられます。

もし生活や仕事のすべてを自動化できるとしたら、どこで止めるのか。企業として何を自動化し、何をあえて人間の関与として残すのか。Kass氏はこれを効率ではなく、価値観の問題だと指摘します。

AIによって多くの知的作業がコモディティ化していく中で、

  • Curiosity(好奇心)
  • Empathy(共感・思いやり)
  • Courage(勇気)
  • Wisdom(知恵)
  • Humor(ユーモア)
  • Morality(道徳/倫理観)

といった、これまで “soft skills” と呼ばれてきたものの価値が高まり、むしろ主要な差別化要因になる。だからこそ、「人間らしさとは何か、よい社会とは何か」と自ら考え、「何を大切にしたいのか」を自ら表現することが大切だ、というメッセージでした。

“Optimism is not naive.” 楽観主義とは、決して現実から目を背けることではない。このフレーズにも、先端技術を最前線で牽引してきたKass氏ならではの重みがありました。

「今日こそが史上最高の日であり、明日はもっと良くなる(Today is the best day ever to be born. Tomorrow will be, too.)」。

そう信じて、より良い明日に向けて行動することは、現代を生きる私たちが未来に対して果たすべき道徳的責任である、という彼の主張からは、これまで科学の発展に寄与したすべての人に対するリスペクトが伝わってきます。

講演では、新しい抗生物質の発見や遺伝子治療のカスタマイズ、より強く安全な生分解性プラスチックの開発など、人類に大きな恩恵をもたらし得る科学の発展をAIが急加速させている事例も紹介されました。それでもKass氏の、「AIは人間の可能性を加速する装置にすぎない、あくまでも未来を創るのは人間なのだ」という主張は、揺らぐことがありませんでした。

4-3. AIリスクの中核にある「思考停止」

一方で、AIがもたらす脅威についても、真摯な考察がありました。彼が提起していたリスクは、次の5つです。

No. リスク 内容
1 Idiocracy 考えることをすべてAIに委ねてしまうことで、思考停止に陥るリスク
2 Dehumanization 効率化の追求によって人間性が喪失されていくリスク
3 Bad Acting AIが悪用されるリスク

4 Job Displacement AIに置き換えられ、雇用が失われるリスク

5 Identity Displacement 雇用喪失に伴い、仕事と自己認識の結びつきが揺らぐリスク

この中で、私が特に着目したのはIdiocracyです。この問題に向き合うことができれば、他の4つのリスクも軽減し得るのではないかと考えました。ここからは私の考察です。

そもそも、Dehumanizationはなぜ起こるのか。

本当に大切なことは何なのか、考えることをやめてしまうからでしょう。その結果、「効率化」という、深く考えなくてもわかる定量的指標に判断を委ね、それがすべてになってしまう。

ただ、これは決して新しい問題ではありません。生産性の追求は産業革命の時代から行われてきたことであり、それが極限まで突き詰められたのが20世紀という時代だったと捉えることもできます。生産性という単一の指標に対する信頼が揺らいだことも、VUCAの時代へ移行した一因だったのではないでしょうか。

Bad Actingも、リスクとして新しいわけではありません。

新たなテクノロジーが世に出るたびに、悪用されることの脅威は叫ばれてきました。しかし、その脅威を恐れて進化の歩みを止めることが正しいとは思えません。これまでも人間は、考え抜くことでさまざまな脅威を打破してきたはずです。今日の私たちは、先人たちの苦闘の末に利便性を享受しています。

明日をもっと良いものにするためにも、「何もしない」のではなく、「どうしたらよいか考え抜く」ことが未来に対する責任だと言えるでしょう。

Job DisplacementやIdentity Displacementも同様です。

担当していた作業や工程がまるごと不要になるということは、技術革新のたびに起こってきたことです。そして私たちは常に、「どうすればよいか」を考え、「新しい仕組み」に適応してきました。

その中で、Idiocracyだけは少し毛色が異なるように感じています。

ここまで「考える」という行為を人間以外の何かに代替させる技術革新は、これまで経験していないからです。

もちろん、そろばんが電卓になり、計算機がパソコンになり、電話がスマートフォンになり、家電を含む多くの端末がネットワークでつながるなど、知的作業の代替はこれまでも存在しました。思考停止に陥ることへの警鐘も、以前から鳴らされてきました。

しかし今度ばかりは、そのスケール自体が違うようです。計算ではなく、言語による高度な推論ができるようになったがゆえに、AIが「それらしい判断」を下すことができるようになり、「それに従っておけば概ね間違わない」から「考えずに従う」人が増えてしまう。

この問題は、若い世代だけに限られたものではありません。AIを用いて自らの思考を拡張する人と、AIに考えることそのものを丸投げしてしまう人の差は、年齢を問わず広がる可能性があります。

Kass氏が明言したわけではありませんが、AIの普及を推進した一人として、その責任の一端を感じているようにも見えました。だからこそ、講演や執筆を通じて、「思考はAIに任せておけばよい」という認識に警鐘を鳴らし、「考える主体も人間であるべきだ」と説いているのでしょう。

4-4. 「意味づけ」と「批判的思考」は人間の側に残る

Kass氏は「人にしかできないこと」として、倫理的判断や関係構築だけでなく、物事の「意味づけ」や「批判的思考」を挙げています。

AIが出した「もっともらしい答え」に対して、「本当にそれでよいのか」とあえて疑い、「目的に合致しているのか」を見極め、「そもそも何のために、何がしたかったのか」を問い直す。

描き出した「本当に成し遂げたいこと」を具現化するためには、すべてをAIに任せていてはいけない。人間らしさを活かして考え抜いた先にこそ、真に価値のある答えがある。AIを普及させる側にいたKass氏ならではの、「願い」にも似たメッセージが印象的でした。

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5. 最後に残る競争優位は関係性である──Will Guidara氏(AI時代のリーダーに求められる役割③)

5-1. 栄光の裏側にあったチームの疲弊

3日目のKeynote SpeakerはWill Guidara氏でした。Guidara氏は『Unreasonable Hospitality』の著者であり、Eleven Madison Parkを世界最高峰のレストランへ導いた人物です。彼の講演はレストラン経営の話でありながら、組織づくりとリーダーシップの本質を突くものでした。

Guidara氏は、Daniel Humm氏とともにEleven Madison Parkを率い、2011年には共同で同店を買収しました。同店は彼のリーダーシップのもとで、ニューヨーク・タイムズ四つ星、ミシュラン三つ星を獲得し、2017年にはThe World’s 50 Best Restaurantsで世界1位に選ばれています。

しかし、講演で印象的だったのは、栄光の物語そのものではありません。

むしろ、店が高く評価されて予約の取れない人気レストランとなり、売上も好調だったにもかかわらず、チームは疲弊し離職者も多数出ていたという現実です。

そこでGuidara氏は、ホスピタリティをコーポレートカルチャーの中心に据えるとともに、メンバーが幸せに働ける環境づくりに乗り出しました。ゲスト一人ひとりを心から大切にする姿勢を、内外に対して鮮明に打ち出したのです。

5-2. 文化は日々の「why」と「how」からつくられる

特に印象的だったのは、長期的に残る競争優位は、プロダクトやサービスそのものではなく、「関係づくり」に対する投資にあるという考え方です。

マニュアル通りにやれば、誰でも一定の品質で料理やサービスを提供できる。しかし、これらはいずれ模倣され、磨いた技術も追いつかれる。

一方で、メンバー一人ひとりが懸命に考え、期待を超えるサービスを提供しようとするホスピタリティは、一朝一夕には模倣できない。

こうした考えのもと、Unreasonable Hospitalityという概念が生まれ、目の前のゲストを心から大切にする姿勢を最大限支援する文化が醸成されていきます。その鍵となったのが、毎日、開店前に30分間を費やすミーティングでした。

ここで行われる認識合わせは、単なるオペレーション上のwhatだけではありません。「そもそも何のために」というwhy、「具体的にどうやって」というhowまで扱います。

これらの接続がうまく機能することで、個人の集まりは信頼あるチームへ変わる。これを毎日積み重ねていくからこそ、文化が醸成される。日々のチームミーティングは、リーダーが信念を行動で示す絶好の機会だったのです。

5-3. 「与えすぎる勇気」は、リーダーの側にも求められる

AI時代だからこそ、このようなチーム文化のつくり方は、あらゆる組織に大きな示唆を与えるのではないでしょうか。もちろん、AIをうまく活用すれば、顧客対応も、社内問い合わせも、ナレッジ共有も、かなりの部分が自動化・効率化されるでしょう。しかし、だからといってメンバーが、自らの判断で「合理性や生産性などの指標では測り切れない、本当の価値があると思ったこと」に、安心して挑戦できるようになるわけではありません。

Guidara氏の講演を聴きながら、私も思わず自問していました。これまで自分は、「価値がある」と思ったことに、安心して挑戦できたことがあっただろうか、と。

挑戦にはリスクが伴います。したがって、これを引き受ける覚悟と勇気が必要です。挑戦する本人が安心して前に進むためには、そのリスクを誰かが引き受けなくてはなりません。それが、リーダーです。自分自身がメンバーであった頃に「安心して挑戦」した経験を数多く積み重ねていれば、その効用を肌感覚で知ることとなり、いずれリーダーになった際には、ごく自然にメンバーのリスクを引き受けるようになるでしょう。

Unreasonable Hospitalityの原則として、Guidara氏が挙げていたのは次の3点です。人を中心に置く。細部にこだわる。そして、与えすぎる勇気を持つ。これらはすべて、メンバーからゲストに対するホスピタリティのあり方であると同時に、リーダーからメンバーに対するホスピタリティのあり方とも言えるでしょう。

特に「与えすぎる勇気」とは、「それはやりすぎだ」と言われるくらいメンバーが顧客にGiveし続けることを後押しするものですが、メンバーが躊躇なく「顧客に与えすぎる」ことができるのは、リーダーが「メンバーに与えすぎる」勇気を身をもって示してこそ。これは自分自身も含めて、あらゆる組織におけるリーダーに、いま最も欠けているものなのではないかと思いました。

5-4. 現場の情報と上層部の権限をつなぐ

一方で、単に「好きにやってよい」と言えば、よいアイデアが実を結ぶわけではありません。Guidara氏は、アイデアには資源が必要だと指摘します。リーダーが大きなアイデアを掲げ、チームに走るよう促しても、実現のための資源を与えなければ何も形になりません。製品やサービスの改善には投資しても、「人がどう感じるかを高めること」には投資しない組織が多いという指摘は、非常に耳の痛いものでした。

上層部には権限があるが情報がなく、現場には情報があるが権限がない。この断絶を橋渡ししなければ、優れたアイデアは生まれません。チームミーティングは、その橋渡し、すなわち権限を持つ上層部に「現場の情報」という「勇気の素材」を与え得る場になるのです。

現場にある情報、顧客に近い感覚、メンバー一人ひとりの気づきや願いを引き出し、それを組織の目的とすり合わせ、共に成果へ変えていく。Guidara氏の講演は、AI時代においても人間のリーダーが担うべき役割を、ホスピタリティという言葉を通じて鮮明に示していたように思います。

6.不確実性の中で人が力を発揮する条件を整える──Liz Wiseman氏( AI時代のリーダーに求められる役割④)

6-1. 暗闇の中で、人は何を欠いているのか

最終日のKeynote SpeakerはLiz Wiseman氏でした。講演テーマは “Leading Brilliantly Through the Dark”。混迷の時代において、どうすれば卓越したリーダーシップを発揮できるのか、という内容です。

彼女が提唱するリーダーシップ論は、ベストセラーとなった書籍『Multipliers』(邦題『メンバーの才能を開花させる方法』)において詳しく述べられています。リーダーの役割は、メンバーの知性や才能を引きつけ、彼らの潜在能力を2倍以上に引き出すとともに、組織内の知性を「増幅させる」こと。そのためにすべきことは、「メンバーが前に進めるように、何が必要なのかを見出し、与え、任せること」である。これが一貫したメッセージでした。

Wiseman氏は、現代の不透明な状況を “Darkness”、すなわち暗闇と表現します。ただし、これは必ずしも悲観的なものではありません。制約の中でこそ創造性が高まる。チームの知恵が限界突破を呼び起こし、状況を打開する。たとえ暗闇であっても、人と組織の力を結集すれば新たな光を照らすことができる。講演タイトルにも、そのような期待が込められていたように思います。

ここでのリーダー像は、答えをすべて知っている人ではありません。暗闇の中で動く人々の経験を理解し、彼らがよい思考とよい仕事をするために何を欠いているのかを見極める人です。それは、情報なのか、権限なのか、安心感なのか、方向性なのか、仲間なのか。リーダーはそれらを診断し、必要な支援を提供することが求められます。

6-2. 51%の投票権と100%の説明責任

方法論として示されていたのは、「リーダーはメンバーに、51%の投票権と100%の説明責任を渡す」こと。これは、増幅型リーダーがメンバーに権限移譲を行う際の核となる部分です。

リーダーは権限の51%、すなわち最終的な決定権をあえて移譲するものの、100%の丸投げではありません。メンバーは51%、すなわち過半数を持つことになるので、主導権を持って意思決定できます。

一方で、残り49%は、周囲に相談し、リーダーに報告し、チームを巻き込み続けるための余地として残されます。これは、本人に「これはあなたのものだ」と伝えると同時に、「孤立せずみんなと一緒に進めなさい」と伝える仕組みでもあります。

権限をもらったメンバーは、自身の決定とその結果に対して、完全な説明責任を負うので、「なぜその決断をしたのか、どのようにリカバーするのか」を周囲やリーダーに説明する義務が生じます。

特に、失敗した場合の説明は、当該メンバーにとってタフな機会になるでしょう。対外的な責任はリーダーが負うにしても、権限と責任の両方を持つからこそ、メンバーはプロフェッショナルとしての自立を促され、視座が圧倒的に高まるわけです。

また、リーダーは事細かに指示を出すマイクロマネジメントから解放されます。49%分の関与として助言や相談を行うことで、主導権を渡しながらも一定の成果を担保できます。心理的安全性を保ちつつ、ガバナンスを利かせることもできる。何より、壊滅的な失敗を事前に回避できるからこそ、最終的な失敗は「失敗からしか学ぶことのできない価値ある投資」となり、未来につながっていく。ここまでを見る限り、マネジメントの手法として理想的に映ります。

とはいえ、リーダーは対外的な最終責任を負うにもかかわらず、主導権を部下に与えることとなるのです。これを実践するのは決して簡単ではないでしょう。実際のところ、どれほど権限移譲しようとしても、メンバーに渡せるのは49%まで、という組織(あるいはリーダー)は多いのではないでしょうか。

前日のGuidara氏の講演ともつながりますが、リーダーには「与えすぎる勇気」が必要だということを、つくづく思い知らされます。

6-3. 勇気あるリーダーは、次のリーダーを育てる

ただ、勇気あるリーダーのもとで育ったメンバーは、いずれ勇気あるリーダーへと成長を遂げるでしょう。その理由をWiseman氏は、Your first boss shapes your entire leadership future. という表現で説明していました。最初に仕えた上司によって、その人のリーダーシップは形づくられる。特に、新人時代やキャリアの初期段階における上司のあり方は、その後の職業人生に大きな影響を与えることになる。人は人からリーダーシップを学ぶ。この大原則を、私たちは忘れてはならないでしょう。atd26-05

7. AI時代だからこそ「リーダー」の価値は明瞭になる

7-1. 4つの基調講演が示した、普遍的なリーダーの役割

最終日に至って私は、Keynote Speakerの人選だけでなく、その順序も秀逸であったと改めて感じました。Freestyle+によってもたらされた高揚感。Kass氏による「AI時代だからこそ、人間は何をすべきか」という本質的な問いかけ。その一つの回答となり得る、Guidara氏のチームビルディング事例。そして、リーダーシップを長く研究してきたWiseman氏による「混迷の時代におけるリーダーシップ」。この順序に意図があったのか、キャスティングの都合で偶然そうなったのかは定かではありません。いずれにせよ、結果として今回の4つの基調講演は、一つのストーリーとして完結していたように思います。

その中で語られていたのは、「AI時代だからこそ新たに加わったリーダーの役割」というより、「AI時代だからこそ鮮明になった普遍的なリーダーの役割」でした。

その役割が何なのかを知るために、自分がある組織のリーダーだと想像してみましょう。リーダーとして、何としても実現したい未来のビジョンがある。絶対に譲れない価値観がある。それらが組織全体に深く浸透し、メンバー一人ひとりがその価値観に共感し、ビジョンを一緒に実現したいと願っている。そして、願うだけではなく、その実現のために一人ひとりが主体的に動き、しかもそれがバラバラになるのではなく、組織としての成果が最大になるように全体最適な判断がなされている。そのような組織があったら、誰もが理想的だと感じるのではないでしょうか。

しかし現実には、放っておくだけでこのような状態になる組織は、ほとんど存在しません。だからこそ、組織を理想に近づけ、創出し得る成果をより大きく高いものとし、その成果創出のプロセスを通じて組織のさらなる成長を促すリーダーが必要になります。

7-2. 4つの講演から見えた、リーダーが担うべきこと

今回の4つの講演を重ね合わせると、リーダーに求められる役割は、次のように整理できます。

基調講演者 リーダーに求められる役割
Freestyle+ 「まず試してみる」ということが許される場をつくること
 Kass氏 AIが出した答えを鵜呑みにせず、目的に照らし合わせて意味づけること
Guidara氏 合理性を超えたカルチャーやフィロソフィーを共有すること
Wiseman氏 不確実性の中で人が何を欠いているのかを見極め、51%の投票権と100%の説明責任を渡すこと


これらの中に、目新しいものは一つもありません。これまで一般に「リーダーの役割」として語られてきたものと、今回語られた「リーダーのあるべき姿」は、深いところで一致していたように思います。

7-3. AIが補完するもの、リーダーに残るもの

リーダーの役割はAIによって大きく変容するのではないか。AIの存在を前提とすれば、リーダーに求められる能力は大きく変わるのではないか。そもそもリーダーの存在意義自体が改めて問われることになるのではないか。ここ1年ほど、私はそんなふうに考えていましたが、ATD26への参加は、その考えを大きく変えました。

確かにAIは、リーダーの一部の機能を補完するでしょう。特に、現実の組織においてリーダーに求められる役割を「リーダーシップの発揮」と「マネジメント」に分けた場合、後者についてはかなりの部分がAIによって代替できるのではないでしょうか。実際、情報を集める、論点を整理する、シナリオを生成する、コミュニケーション案をつくる、メンバーの状態を可視化する。こうした領域では、AIは非常に優秀なパートナーになりますし、ますますそれは進化していくと思われます。

しかし、AIは「何をしたいのか」という意思や意向を自ら持つわけではありません。「何が人として正しいのか」を判断する基準を、自身の内面に持ち合わせているわけでもありません。どの未来を望むのか、何を美しいと思うのか、何を守りたいのか、誰のどのような可能性を開花させたいのか。それを思い描くのはあくまでも人であり、人の力を引き出すのがリーダーです。

また、「マネジメント」の領域においても、AIに代替できるのは思考の「作業」であり、その作業が望ましい方向に進んでいるのかを見定めるのは、その基準を持っている人、すなわちリーダーです。作業をAIに任せることができる分、リーダーはより「深く考える」ことができるようになるはずです。逆に言えば、ここで考えること、あるいは問うことをやめてしまうリーダーは、淘汰されてしまうかもしれません。そういう意味では、私もKass氏と同様、Idiocracyに対して強く警鐘を鳴らしたいと思います。

7-4. AIという優秀なメンバーを迎えたリーダー

あくまでも、AIという非常に優秀なメンバーが一人加わっただけ。表面的なスキルやツールは変化しても、リーダーが目的を掲げ、人の力を引き出し、相互作用を生み、組織としての成果に結びつけるという本質的な役割は、AI時代だからこそ一層重要になるのではないでしょうか。

AIが補完できる部分は積極的に活かす。一方で、目的を掲げ、価値を判断し、人の力を引き出し、個々人の目的と組織の目的をつなぎ、共に成果を生み出す場をつくる。この役割は、AI時代においても、人間のリーダーが担うべき中核であり続けるはずです。

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おわりに──AIはリーダーを不要にしない

今回ATD26に参加して、私は一つの確信を持ちました。AIは、リーダーを不要にするものではありません。AIは、リーダーの仕事の一部を代替し、補完し、拡張するものです。その結果、リーダーにしかできないことが、よりはっきり見えてきました。

AIが情報を出すからこそ、人は目的を問う。AIが選択肢を出すからこそ、人は判断を引き受ける。AIが効率化するからこそ、人は関係性に対して意図的に向き合う。AIがチームに加わることで、「人がすべきこと」が明確になる一方、「人にできること」は、むしろ広がります。

組織において、人は共通の目的を果たすためだけのリソースではありません。組織もまた、共通の目的さえ果たされればよい場ではありません。所属する個々人の、ごく身近な目的を果たす場でもあってほしい。人が成長し、自分の力を発揮し、誰かと協力しながら、自分一人では到達できない成果を生み出す場であってほしい。

メンバー一人ひとりと向き合い、その力を引き出すリーダー。意義や価値を考え抜き、個々人の目的と組織の目的を接続し、共に成果を生み出す場をつくるリーダー。そのようなリーダーが、これまで以上に求められるでしょう。

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