事業の持続性の観点から、組織統治の考え方や社員との関係性を見直すタイミングに来ています。変化のスピード感だけではなく、その質が異なる中では、あらゆることの精緻な計画は意味を為さなくなってきています。こうした背景から、個人の学びも大きな過渡期を迎えていると言えるでしょう。その代表的なキーワードが「アンラーン」であり、求められることは学びの変化です。
今回のコラムでは、アンラーンの意味を再確認しつつ、今後の企業における育成施策の方向性について考察してみたいと思います。
アンラーンとは、すでに持っている知識や価値観を破棄し、思考をリセットする学習方法を指します。ビジネスの前提が大きく変わる中で、従来の価値観や経験が不良債権化していく現状において、こだわりを捨て去ることの意義を説く考え方とも言えます。似たような概念には、リスキリングやリカレントといったキーワードが存在しますが、それぞれの正式な定義はさておき、このようなメッセージが発信される背景について考察してみたいと思います。
端的に言えば、「学びの質が大きく変化している」ということに尽きるのではないでしょうか。特に日本企業においては、OJTを主体とした実務経験での学びが主軸であったことが影響しています。経験豊富な上司が、経験の浅い部下に知識やノウハウを移植する行為(部下指導)によって成果を創出してきたという構図が成立していましたが、変化の激しく不連続な環境下では、この構図が通用しなくなってきています。要するに、誰もが「答え」を持っていない中で、学びのあり方が変化しているということです。
また、あらゆる領域での技術革新も背景として考えられます。ITや通信技術の大幅な進化に加え、生成AIの出現も相まって、「仕事の進め方」にとどまらず、「仕事の質」の大変革が起ころうとしています。この技術革新においては、従来のやり方に固執することなく、さまざまなシステムやアプリケーションを使いこなさなければ業務が滞ることがあります。さらに、利活用の度合いによって創出できる成果には異次元の違いが生じるため、最低限のITリテラシーを持たなければならないという切実な現実が存在します。
さらには、ネット社会の進化により、あらゆる情報に誰もがアクセスできる環境が整っています。「待っていれば会社や上司が育成機会を提供してくれる」という、学校教育から受け継がれてきた受動的な姿勢ではなく、「自らがテーマを明確にして主体的に学ぶ」という能動的な学習が実践できるようになりました。この学習姿勢の差が、ビジネスにおける大人の成長にとって必要不可欠であるという、大きなパラダイムシフトを示すメッセージと言えるでしょう。
古い知識や価値観をリセットする前に、「日本人の大人は学びへの投資を行ってこなかった」という現実に向き合う必要があるのではないでしょうか。多くの人が、大学入試を最後に勉強を終えてしまったということです。総務省統計局が2022年に発表した社会生活基本調査(令和3年度調査)によれば、日本の社会人の一日当たりの勉強時間は平均13分という衝撃の結果が出ています。この結果は、アジアや欧米の国々と比較しても最下位に位置しています。なお、この数値はあくまで平均値であるため、「全く勉強していない社会人が圧倒的多数である」という状況を示しています。
仕事への勤勉さは日本人の美徳として、今でも残っていると信じていますが、「真面目に働く」という行為と「将来に向けて真剣に学ぶ」という行為は全く別物であると捉え直す必要があると考えます。そう考えると、今回のアンラーンという言葉が持つ意味である「すでに持っている知識や価値観を破棄し、思考をリセットする学習方法」という概念自体が成立しない可能性があり、そもそも捨て去るべきモノが圧倒的に少ないのではないかという前提に立ち返る必要もあるのではないでしょうか。
いずれにせよ、これまで学んでこなかったという現実に立ち返ると、何かを捨て去るという以前に、捨てられるだけのものを「自らの意思で必死に学ぶ」という新たな価値観をセットする必要があると考えます。そういう意味においては、まさに学びに対する経験や価値観のアンラーンこそが、私たち大多数のビジネスパーソンに求められているのかもしれません。
ここまでやや厳しい論調で話を展開してきましたが、「学ぶこと」への意識変革が大前提にあるように感じます。そもそも人間は誰しもが持つ資質として、知的探求心が存在すると考えます。しかし、幼少期からの経験によって、多くの人が「学び=勉強=辛い」という方程式が無自覚のうちに沁みついているのではないでしょうか。皆様の本音はいかがでしょうか。
その根源を辿ると、親の教育や学校教育にまで遡る必要があると思いますが、我々の現時点での科学技術では時間を過去に遡ることはできません。そのため、「今、何ができるか」にフォーカスした建設的な取り組みを検討することが重要だと考えます。その前提に立った際のキーワードは、「学び方を学ぶ」という観点だと思います。
社会人(大人)の学びは、根本的に学習主体である自分がテーマを決める必要があると考えます。従来の企業内教育においても、新入社員に対する学びのテーマや中堅社員、管理職の学びのテーマは人事側が決定し、コースを整えてしまっているため、「学びへの主体性」を阻害しているのが実態です。それが選択型研修という枠組みであったとしても、人事がテーマを整えた時点で、同様に主体性が失われるのではないかと思います。
私たちが想像している以上に、「何を学んだら良いのかわからない大人」は数多く存在します。その根本原因は、「理想や目標のなさ」に帰結するのではないかと考えます。「価値あるキャリアを築きたい」と誰もが思う反面、自分にとっての価値あるキャリアが一体何なのかを言語化できていないため、学びのテーマの解像度が高まらないのです。その結果、自分ではない誰かが自分のキャリアを築いてくれないのはおかしいという気持ちになり、「会社がその支援をしてくれないこと」に対する不満へと繋がっていきます。キャリアとは、あくまで自らが切り拓くものであるという大前提が抜け落ちているが故に、その結果として「キャリア自立」という言葉が改めてフォーカスされているのだと推察します。
上述のような状況の中で、企業の人事部門、特に育成部門は何を為すべきなのでしょうか。言い換えれば、「人事がアンラーンするべきことは何か」という問いです。社員にアンラーンを求めるということは、従来の社員教育のあり方そのものを見直すことと同義であり、少なくとも同じ思想・価値観のもとではズレが生じてしまいます。従来との対比の観点から、ここでは3つのポイントに触れてみたいと思います。
今回は、「アンラーン」をキーワードに今後の人材育成のあり方に焦点を当てて解説しました。この記事を読んだ方が、少しでも自社の人材育成のあり方についての問題意識や理解を深める力になれましたら幸いです。
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